傷病手当金の審査請求・不服申し立て

傷病手当金-社会保険審査会裁決例

平成17年(健)第285号  平成18年7月31日裁決

             主      文
甲健康保険組合理事長が、再審査請求人からの健康保険法による傷病手当金及び同法第53条の規定に基づく甲健康保険組合規約第57条の傷病手当付加金の請求に対してした、 下記処分(請求期間Aに係る処分のうち、平成16年12月10日から同月12日までの期間に係るものを除く。)を取り消す。請求人には、平成16年12月13日から同17年4月30日までの期間及び同17年6月1日から同月30日までの期間に係る健康保険法による傷病手当金及び甲健康保険組合規約第57条の傷病手当付加金が支給されるものとする。
                記
・請求期間Aに係る処分:(請求期間) H16年12月10日~同月31日(受付日) H17年1月27日(処分日) H17年1月31日
・請求期間Bに係る処分:(請求期間) H17年1月1日~同月31日(受付日) H17年2月22日(処分日) H17年2月22日
・請求期間Cに係る処分:(請求期間) H17年2月1日~同月28日(受付日) H17年5月30日(処分日) H17年5月31日
・請求期間Dに係る処分:(請求期間) H17年3月1日~同月31日(受付日) H17年5月30日(処分日) H17年5月31日
・請求期間Eに係る処分:(請求期間) H17年4月1日~同月30日(受付日) H17年5月30日(処分日) H17年5月31日
・請求期間Fに係る処分:(請求期間H17年6月1日~同月30日)(受付日) H17年7月14日(処分日) H17年7月14日

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、平成16年12月10日から同月13日の期間の健康保険法による傷病手当金及び甲健康保険組合規約第57条の傷病手当付加金の支給に係るものを除き、主文と同旨の裁決を求めるということである。
第2 再審査請求の経過
1 請求人は、平成11年8月17日から平成13年2月16日までの期間(以下「既決支給期間」という。)、 うつ病(以下「既決うつ病」という。)の療養のため、労務に服することができなかったとして、健康保険法(以下「法」という。)による傷病手当金(以下、単に「傷病手当金」という。)及び法第53条の規定に基づく甲健康保険組合規約第57条の傷病手当付加金(以下、単に「傷病手当付加金」という。)の支給を受けた。
2 請求人は、うつ病(以下「本件うつ病」という。)の療養のため、労務に服することができなかったとして、前記主文の記の表記載の請求期間AからF(以下、このAからFの期間を併せて「本件請求期間」という。)につき、同表記戟の日に甲健康保険組合(以下「保険者組合」という。)に対し、傷病手当金及び傷病手当付加金(以下「傷病手当金等」という。)の支給を請求した。
3 保険者組合は、請求人に対し、請求期間AからFに係る前記傷病手当金等の支給の請求は、いずれも法定給付期間(1年6月)を超えた請求であるとして、前記主文の記の表記載の不支給処分の日付で、傷病手当金等を不支給とする旨の処分(以下、この請求期間AからFに係る6個の処分を併せて、「原処分」という。)をした。
4 請求人は、原処分を不服として、〇〇社会保険事務局社会保険審査官(以下「審査官」という。)に対する審査請求を経て、当審査会に対し再審査請求をした。
第3 問題点
1 傷病手当金の支給期間については、法第99条第1項で、「療養のため労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間」とされているが、同条第2項で「同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給を始めた日から起算して1年6月を超えないものとする。」と規定し、その期間を制限している。また、保険者組合の付加給付については、法第53条が、「前条各号に掲げる給付(注:傷病手当金も含まれる。)に併せて、規約で定めるところにより、保険給付としてその他の給付を行うことができる。と規定している。
そして、保険者組合規約第57条第1項は、「被保険者が法第99条の規定により傷病手当金の支給を受けるときは、その支給を受ける期間、傷病手当付加金として1日につき被保険者の標準報酬日額の100分の20に相当する額を支給する。」と規定している。
2 本件の場合、保険者組合は、既決支給期間につき、本件うつ病と同一の疾病を対象として傷病手当金等を支給済みであるとの前提の下に、本件請求期間については、法定給付期間を超えた請求であるとして、傷病手当金を支給しないとしたものであり、請求人はこれを不服としているのであるから、本件の問題点は、本件うつ病が既決うつ病と同一傷病又はこれにより発した疾病でないと認められるかどうかということである。
第4 審査資料
 「(略)」
第5 事実の認定及び判断
1 前記審査資料及び審理期日における請求人の陳述によれば、以下の各事実を認定することができる。
⑴ 請求人は、F株式会社(以下「F」という。)に昭和50年4月1日から勤務しており、主に海外からの塩化ビニール樹脂原材料の買付け業務に従事し、その後購買部の原料購買グループ長を務めていた者であるが、抑うつ感情、睡眠障害、不安・焦燥、食欲不振を主症状として斉○昌○医師(東京都○○区○○△-6-△〇〇ビル3階。医療機関名の記載なし。以下「斉〇医師」という。)を受診して、抑うつ状態と診断されて受療し、平成11年3月14日から同月31日までの期間、傷病手当金の支給を受けた(資料2、同8及び請求人の陳述)。
請求人の上記症状は、平成11年3月末には一旦軽減したが、同人はその後、不安、焦燥感、不眠を訴えて、E病院(以下「E病院」という。)を受診し、既決うつ病の診断のもとに、平成11年8月25日から同12年2月 18日の期間、同病院に入院して計6回の通電療法の施行と薬物治療を受けて軽快退院した後、同病院に通院受療していたが、同年10月3日、D病院(以下[D病院]という。)に転院し、抗うつ剤等の投与を受け、軽い躁気分が認められることもあったが、平成13年2月頃には、抑うつ気分は、徐々に軽快した。なお請求人は、うつ病の傷病名にて、平成11年8月17日から同13年2月16日までの期間、傷病手当金等の支給を受けた(資料2)。
⑵ 請求人は、平成13年8月11日にFでの勤務に復帰した(資料6)。
⑶ その後、請求人は、D病院に月1日程度の通院を続け、薬物治療を受けていたが、薬剤(主薬)の1日分の投薬量(院外処方)は、レボトミン(注:抗うつ剤。用法:1日25~200mgを分服(増減))が通院当初は20mgであったものが平成14年7月からは10mgに減量され、また、パキシル(注:抗うつ剤。用法:1日1回夕食後20~40mg。1回10~20mgから開始し、原則として1週毎に10mg/日づつ増量。症状により1日40mgを超えない範囲で適宜増減)が通院当初は20~40mgであったものが、平成15年2月に30mgに減量され、さらに同年9月からは20mgに減量されている(資料3)。
⑷ 資料3の本件診療録から請求人の精神症状に係る必要部分を要約すると、次のとおりである。
「(略)」
⑸ 本件請求期間に係る保険医の証明欄から主要部分を摘記すると、次のとおりである(資料1)。
㋐ 請求期間Aに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成16年12月10日~同月31日
上記期間中の診療実日数:2日間
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、制止症状などの抑うつ症状の悪化のために労務できない状態である。尚、本人の弁によれば症状悪化の背景因として、直前数ヶ月間に職場で非常に大きなストレス負荷がかけられたことがある、とのことである。
㋑ 請求期間Bに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成17年1月1日~同月31日
上記期間中の診療実日数:1日間
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、制止症状などの抑うつ症状の再燃増悪がつづいており、労務につくことができない状態である。
㋒ 請求期間Cに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成17年2月1日~同月28日
上記期間中の診療実日数:1日間
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、制止症状などの抑うつ症状がつづいており、労務につくことができない状態である。
㋓ 請求期間Dに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成17年3月1日~同月31日
上記期間中の診療実日数:1日間
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、制止症状などの抑うつ症状が悪化した状態がつづいており、労務不能です。
㋔ 請求期間Eに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成17年4月1日~同月30日
上記期間中の診療実日数:1日間
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、制止症状などの抑うつ症状が悪化した状態がつづいており、労務不能な状況がつづいている。
㋕ 請求期間Fに係るもの
傷病名:抑うつ状態
労務不能と認めた期間:平成17年6月1日~同月30日
上記期間中の診療実日数:24日間
入院期間:平成17年6月8日~同月30日(23日間)
傷病の主症状及び経過:抑うつ気分、悲観的思考、不安、行動抑制が悪化し、入院。環境変化によって改善傾向だが、経過観察が必要。就労は困難です。
⑹ 資料4のD病院・原〇憲○医師(以下「原○医師」という。)作成の診断書から必要部分を摘記すると、次のとおりである。
病名:うつ病
うつ病(注:既決うつ病のこと。)は現在ほぼ寛解し、通常の業務を遂行するのに支障はないと判断する。ただし、長期休職からの復職なので、当分の間(1~2カ月程度)、心身の負担を軽減されることが望ましいと考える。
⑺ 資料5のD病院・山○美○医師作成の回答書の要旨は、次のとおりである。
照会事項:平成13年5月から平成16年12月までの間、パキシル錠、レボトミン錠の処方は、治療目的か又は予防目的か。
回答内容:パキシルに関してはうつ状態に対して、治療的に処方されていたが、安定してからは予防的な役割が大きいものと考える。レボトミンは前医でも処方歴があるようだが、当院にて加療中に軽躁状態を認め、以後処方されている。
照会事項:原○医師作成の診断書(平成13年5月22日付)に「うつ病はほぼ寛解し……」と書かれているが、平成13年5月から平成16年12月までの期間、結果として寛解状態(社会的治癒状態)にあったか。
回答内容:自分が主治医を担当していた平成14年3月~平成16年4月は社会生活上支障ない状態であったと認識している。上記他の期間、記録を確認する限りでは少なくとも就労は可能な状態であったようだ。
⑻ 請求人は平成13年8月11日に復職したが、Fの判断で、「購買部長付」として定型業務を課さず、経過観察とされた。しかし、この経過観察期間は3年以上続き、その間、請求人が申し立てるところによれば、スタッフとして、特命を受け、台湾との輸出入、とくに原材料の輸入関係業務を担当したほか、得意の英語を生かし、社内各部から依頼され、翻訳等の業務に当たっていたとのことである。なお、請求人が職場復帰をした平成13年8月11日から同人が再び労務不能となったとされる平成16年12月10日の前日の同月9日までの期間の出勤状況をみると、有給休暇を100日間(年間平均約30日)取っているものの、欠勤日数はない(資料6、同7及び請求人の陳述)。
2 上記認定した事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
⑴ まず、請求人の本件うつ病は、既決うつ病と同一傷病であることは医学的に明らかである。また、前記1の⑸で事実認定したように、本件請求期間において、請求人は、本件うつ病の療養のため、労務不能であったと認められる。
⑵ ところで、社会保険の運用上、過去の傷病が治癒した後再び悪化した場合は、再発として過去の傷病とは別傷病として取り扱い、治癒が認められない場合は、過去の傷病と同一傷病が継続しているものとして取り扱われるが、医学的には治癒していないと認められる場合であっても、軽快と再度の悪化との間に社会的治癒があったと認められる場合には、再発として取り扱われるものとされている。
医学的知見によれば、理想的な「疾病の治癒」は、原状の完全回復であって、「治癒操作、すなわち、薬物の持続的服薬、日常生活の制限、補助具の装用などを行わなくても生体の機能が正常に営まれ、かつ、病気の再発が予測されない状態」と定義することができるが、大部分の精神障害では上記の理想的治癒像はなかなか得られないところ、多くの精神障害については、「日常生活にあまり障害を与えない治療を続けて受けていれば、生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」を「社会的治癒」の状態とみることができる(「精神科薬物療法の特徴と治癒概念」と題する論文(著者:風祭元)参照)ことに鑑み、当審査会は、薬物の持続的服薬があっても、それが予防的服薬の範疇にあると認められ、健康保険の被保険者として、健常者と変わりのない社会生活を送ってきたと判断できる場合は、社会的治癒を認めている。
そこで、既支給期間終了後、本件請求期間までの間(以下「当該期間」という。)、請求人に社会的治癒があったかどうかを検討する。
⑶ まず、当該期間における、請求人に係るうつ病の治療内容であるが、前記1の⑶及び⑷で認定したように、請求人は、D病院に月1回程度通院して薬物治療を受けているところ、主薬の1日投薬量は、当初より通常使用量の下限レベルであったものが、症状の軽快・安定とともに適宜減量・維持されており、また、症状については、前記1の⑷、⑹及び⑺で認定したように、請求人は、時に、軽躁状態又は抑うつ状態が認められるものの、概ね安定した状態が長く続いていて寛解状態にあり、「日常生活にあまり障害を与えない治療を続けて受けていれば、生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」にあったと認められることから、請求人は、精神医学的に「治癒」に該当する状態にあったと判断できる。
⑷ また請求人は、前記1の⑻で事実認定したところによれば、職場復帰後、Fがその職務として与えた仕事をこなし、有給休暇日数が多少多いと認められるものの、欠勤することなく勤務を続けていた。請求人の年次有給休暇の日数が一般労働者より多いのは事実であるが、年次有給休暇は労働基準法で認められたものであり、これが多少多いからといって、社会的治癒を否定する理由とはならない。なお、保険者組合は、請求人は定型業務に就かず、経過観察中であったのであるから、健常者と変わりない職業生活を送っていたのではないと申し立てているが、請求人は使用者からその業務の内容、遂行の仕方について指揮命令を受ける立場にある者であり、仮に、使用者であるFがいたずらに経過観察期間を延長し、その結果請求人がその給与の額に対応した労働を長期間していなかったとしても、それをもって社会的治癒を否定できるものではない。
⑸ 以上のことから、当該期間において、請求人は、精神医学的に「治癒」があったと認められ、これに請求人の就労状況をも勘案しても、保険制度運用上「社会的治癒」がなかったとは認められない。
⑹ そうすると、原処分は、法第99条第1項及び保険者組合規約第57条第1項の規定により待期期間とされ、傷病手当金等が支給されない平成16年12月10日から同月12日までの期間に係る部分を除き妥当でなく、取り消さなければならない。
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。