傷病手当金の審査請求・不服申し立て

傷病手当金-社会保険審査会裁決例

平成17年(健)第345号  平成18年7月31日裁決

             主      文
甲健康保険組合理事長が、平成17年10月20日付で、再審査請求人(以下「請求人」という。)に対し、平成17年5月11日から同月14日までの期間及び平成17年5月26日から同年8月31日までの期間につき、健康保険法による傷病手当金の支給をしないとした処分(ただし、平成17年5月11日から同月13日に係るものを除く。)を取り消す。請求人には、平成17年5月14日及び同月26日から同年8月31日までの期間に係る健康保険法による傷病手当金が支給されるものとする。

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
請求人の再審査請求の趣旨は、平成17年5月11日から同月13日までの期間の健康保険法による傷病手当金の支給に係るものを除き、主文と同旨の裁決を求めるということである。
第2 再審査請求の経過
1 請求人は、右根性坐骨神経痛(以下「既決傷病」という。)の療養のため、平成14年9月9日から同月19日までの期間(以下「既決支給期間」という。)、労務に服することができなかったとして、健康保険法(以下「法」という。)による傷病手当金(以下、単に「傷病手当金」という。)の支給を受けた。
2 請求人は、変形性脊椎症(以下「本件変形性脊椎症」という。)及び根性坐骨神経痛(以下「本件根性坐骨神経痛」という。)(以下、併せて「本件傷病」という。)の療養のため、①平成17年5月11日から同月14日までの期間、②平成17年5月26日から同月31日までの期間、③平成17年6月1日から同月30日までの期間、④平成17年7月1日から同月31日までの期間、⑤平成17年8月1日から同月31日までの期間(以下、①ないし⑤の期間を併せて「本件請求期間」という。)、いずれも労務に服することができなかったとして、①及び②の期間につき平成17年7月8日、③の期間につき同年7月11日、④の期間につき同年8月9日、⑤の期間につき同年9月6日の各受付日で、甲健康保険組合(以下「保険者組合」という。)に対し、傷病手当金の支給を請求した。
3 保険者組合は、請求人に対し、平成17年10月20日付で、本件請求期間に係る傷病手当金の請求は、法定支給期間(1年6月)を超えた請求であるとして、それを支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。
4 請求人は、原処分を不服として、〇〇社会保険事務局社会保険審査官(以下「審査官」という。)に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。
第3 問題点
1 傷病手当金の支給期間については、法第99条第1項で、「被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間」とされている。また、同条第2項は「同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給を始めた日から起算して1年6月を超えないものとする」と規定し、その期間が制限されている。
2 本件の問題点は、本件請求期間に係る本件傷病が既決支給期間に係る傷病手当金の支給対象となった既決傷病と同一傷病又はこれにより発した疾病でないと認められるかどうかということである。
第4 審査資料
 「(略)」
第5 事実の認定及び判断
1 上記審査資料及び確立した医学的知見によれば、以下の各事実を認定することができる。
⑴ 請求人は、平成14年8月20日頃より、腰痛があり、様子をみていたが疼痛が強くなり、同月29日、C整形外科を受診し、右根性坐骨神経痛と診断されて薬物療法及び理学・運動療法を受け、同年9月9日から同月19日までの期間について、同傷病の療養のため労務不能であったとして、傷病手当金を受給した(資料2及び4)。
⑵ 請求人は、既決支給期間終了後、本件請求期間までの2年8か月の期間(平成14年10月から同17年5月までの期間。以下「当該期間」という。)、バス運転士としての業務に従事しており(再審査請求書の記載)、当該期間における就労状況は、各月において、病欠はなく、深夜労働及び時間外労働(資料7によると、賃金台帳の「深夜労働時間数」は、午後10時から翌日の午前5時までの労働時間数、「その他の時間外数」は、所定労働時間の7時間と休憩1時間の合計8時間を超えた時間数で、運転時間と待ち時間を含む、とされている。)に従事し、休日労働には32月中26月、深夜労働には全月、従事していた。そして、当該期間における請求人の勤務実態は、他の同僚運転士と異なるものでなく、健康管理上、特段の勤務管理等の取扱いも受けていなかった(資料4及び7)。
⑶ 請求人は、当該期間において、B整形外科に月平均3・4日程度(最多の月が平成15年10月の11日、最少の月が平成17年1・2・4月の0日)通院し、変形性脊椎症、根性坐骨神経痛等の診断のもとに、温熱療法、腰部牽引療法、リハビリテーション治療、ノイロトロピン特号3cc(注:鎮痛・鎮静剤)静注の施行とボルタレン、インテナース等鎮痛消炎剤」の処方を受けていた(資料3及び5)。
⑷ 請求人は、本件請求期間において、頑固な腰痛、左下肢痛又はシビレ感(神経症状あり)を繰り返し、B整形外科を受診して保存的療法を受けている。B整形外科・大○義○医師(以下「大○医師」という。)は、この間、労務不能であったと認めている(資料1)。
⑸ 大○医師は、本件変形性脊椎症の傷病部位は、腰椎全体(第1~第5腰推)であり、また、当該期間における請求人の変形性脊椎症に係る症状は、平成14年9月頃は、術後椎間板ヘルニア(なお、資料1によれば、請求人は、平成12年頃に椎間板ヘルニア手術の施行を受けたとされている。)の経過観察を行い、自覚症状として、腰部の不安定感と時折の腰痛の訴えがあり、他覚症状として、日々、徐々に腰痛下部、左足指の知覚鈍麻がみられた、としている(資料5)。
⑹ D病院・深○繁○医師(以下「深○医師」という。)は、請求人に係る変形性脊椎症(第1~第5腰椎)と腰椎椎間板ヘルニアは、一連の疾病と考えて差し支えなく、また、請求人に係る根性坐骨神経痛は、腰椎椎間板ヘルニアによるものと考えられる、としている(資料6)。
⑺ 確立した医学的知見によれば、変形性脊椎症の原因は、加齢や過大な負担を主因とする脊柱の退行性変性であり、椎間板変性症は変形性脊椎症の範疇に含まれるものとされ、脊柱の構成体の中で、上下の椎体を連結する椎間板は最も退行性変性を受けやすく、椎間板が変性し、支持機構としての能力が減じると、荷重に耐えかねてつぶれた椎間板が脊柱管に向かって膨隆し、椎間板ヘルニアが発現するが、椎間板ヘルニアという診断は、ほとんどは単一の椎間板膨隆の場合に用いられ、これらが多発する場合は、変形性脊椎症とするのが妥当とされている(日本維持醫事新報No.4044)。また、根性坐骨神経痛は、坐骨神経に繋がる神経根部における圧迫、絞扼、損傷、炎症などにより、様々な程度の臀部痛、大腿後部痛、下腿外側部痛などを呈する症候名であり、代表的な起因疾患は腰部椎間板ヘルニアとされている(整形外科辞典・南江堂出版)。
2 上記認定した事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
⑴ 前記1の⑺で認定したように、腰椎椎間板ヘルニアは変形性脊椎症の範疇に含まれる疾病であり、また、根性坐骨神経痛は主として腰椎椎間板ヘルニアに起因する症候名であるとの確立した医学的知見に照らすと、本件の場合、前記1の⑴、⑶ないし⑹で認定したように、本件傷病と既決傷病とは、継続する一連の疾病と判断するのが相当である。
したがって、本件傷病は、既決傷病と同一傷病又はこれにより発した疾病でないと認めることは相当でない。
ところで、社会保険の運用上、過去の傷病が治癒した後再び悪化した場合は、再発として過去の傷病とは別傷病として取り扱い、治癒が認められない場合は、継続として過去の傷病と同一傷病として取り扱われるが、医学的には治癒していないと認められる場合であっても、軽快と再度の悪化との間に社会的治癒があったと認められる場合には、再発として取り扱われるものとされている。
医学的知見によれば、理想的な「疾病の治癒」は、原状の完全回復であって、「治癒操作、すなわち、薬物の持続的服薬、日常生活の制限、補助具の装用などを行わなくても生体の機能が正常に営まれ、かつ、病気の再発が予測されない状態」と定義することができるが、大部分の慢性の疾患では、上記の理想的治癒像はなかなか得られないところ、当審査会は、多くの慢性の疾病については、薬物の持続的服薬等の治療があっても、受診回数がひんぱんでなく、それが予防的範疇にあると認められる場合であって、健康保険の被保険者として健常者と変わりのない社会生活を相当期間送ってきたと判断できる場合は、社会的治癒を認めている。
そこで、上記の考え方に基づいて、当該期間において、請求人に社会的治癒があったと認めることができるかどうかを検討する。
⑵ 請求人は、既決支給期間において、既決傷病にて11日間の傷病手当金を受給したところ、当該期間において、腰部の不安定感と時折の腰痛を主訴として、B整形外科に通院して、温熱・腰部牽引療法等を受療し、鎮痛消炎剤の注射・投薬を受けていたものの、通院日数は、月平均3・4日程度である。
また、当該期間における、請求人の就労状況であるが、同人は、健康管理上、特段の勤務管理等の取扱いを受けておらず、 2年8月にわたって他の同僚運転士と変わるところのない勤務実態であったとされていることから、請求人に社会的治癒があったと認めることができる。
⑶ そうすると、原処分は、法第99条第1項の規定により待期期間とされ、傷病手当金等が支給されない平成17年5月11日から同月13日までの期間に係る部分を除き妥当でなく、取り消さなければならない。
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。