障害年金-社会保険審査会裁決例
平成23年(厚)第277号 平成24年6月29日裁決
主 文 後記第2記載の原処分を取り消す。
理 由 第1 再審査請求の趣旨 再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、障害認定日を受給権発生の日とする障害等級2級の障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の支給を求めるということである。 第2 再審査請求に至る経緯 請求人は、うつ病(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成〇年〇月〇日(受付)、厚生労働大臣に対し、平成〇年〇月〇日を初診日とし、障害認定日による請求(予備的に事後重症による請求)として、障害給付の裁定を請求したところ、厚生労働大臣は、平成〇年〇月〇日付で、請求人に対し、障害認定日における請求人の当該傷病による障害の状態は、厚生年金保険法施行令別表第1に定める障害の程度に該当するとして、平成〇年〇月から障害等級3級の障害厚生年金を支給する旨の処分(以下「原処分」という。)をした。 これに対し、請求人は、障害認定日の障害の状態は障害等級2級に該当するとして、標記の社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をしたものである。 なお、請求人については、平成〇年〇月〇日付で障害等級2級の障害給付に額を改定する旨の処分がなされている。 第3 当審査会の判断 1 障害認定日を受給権発生日として障害等級2級の障害給付の支給を受けるためには、障害認定日において、その傷病により国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に掲げる2級の程度に該当する程度の障害の状態にあることが必要である。そして、請求人の当該傷病による障害により障害等級2級の障害給付が支給される障害の程度としては、国年令別表に、「精神の障害であって、前各号と同程度(注:日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度)以上と認められる程度のもの」(16号)が掲げられている。 2 また、障害の程度を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁より発出され、同庁の廃止後は厚生労働省の発出したものとみなされている「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が定められており、給付の公平を期するための尺度として、これに依拠するのが相当と考えるところ、これによれば、上記の「日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」とは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものであり、例えば、家庭内の極めて温和な活動(軽い軽食作り、下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね病棟内に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね家屋内に限られるものであるとされている。 そして、認定基準によれば、精神の障害の程度は、その原因、諸症状、治療及びその病状の経過、具体的な日常生活状況等により、総合的に認定するものとし、そううつ病による障害で2級に相当すると認められるものの例示として、「気分、意欲・行動の障害及び思考障害の病相期があり、かつ、これが持続したり又はひんぱんに繰り返したりするため、日常生活が著しい制限を受けるもの」が掲げられているが、そううつ病は、本来、症状の著明な時期と症状の消失する時期を繰り返すものであり、したがって、現症のみによって認定することは不十分であって症状の経過及びそれによる日常生活活動等の状態を十分考慮することとされ、また、日常生活能力等の判定に当たっては、身体的機能及び精神的機能、特に、知情意面の障害も考慮の上、社会的な適応性の程度によって判断するよう努めるとされている。 3 そこで検討するに、当該傷病の初診日が平成〇年〇月〇日で、障害認定日が平成〇年〇月〇日であることは当事者間に争いがなく、本件記録からもそのように認められるところ、障害認定日当時における請求人の当該傷病による障害の状態については、裁定請求書に添付されたa病院b科・A医師(以下「A医師」という。)作成の平成〇年〇月〇日現症に係る平成〇年〇月〇日付診断書(以下「本件診断書」という。)によれば、当該傷病の発病からの病歴及び治療経過等として、「20代の頃、希死念慮を伴う、うつ病エピソードがある(詳細不明)。平成〇年頃、〇〇で就労していたがリストラにあい失職、〇〇へ転居となった。平成〇年〇〇月頃気力の低下、抑うつ気分が出現。就労意欲の低下と動悸が頻繁に認められるようになった。平成〇年〇月頃から次第に仕事ができなくなった。同年〇月〇日当院に受診。反復性うつ病の診断で薬物療法が行われた。平成〇年〇月〇日から平成〇年〇月〇日まで休職となった。現在に至る。」、初診時(平成〇年〇月〇日)所見として、「中肉中背の男性。声は小さく弱々しく、活気は認められない。受け答えは可で内容はまとまっている。時々苦悶様の表情を浮かべている。疎通性、感情接触は保たれている。」、現症時の病状又は状態像は、抑うつ状態(思考・運動制止、刺激性、興奮、憂うつ気分、希死念慮)が認められ、具体的には、「意欲気力の低下、抑うつ気分を主とした状態。常に不安緊張、考え事や心配に支配されており、そのため易刺激性、過敏性、過度の緊張を呈する。その結果、易疲労性、全身倦怠感、気力の低下及び注意集中力の低下、思考の抑制、判断力の低下が認められる。この症状により仕事上のミスが多発し、休職となっている。将来に対する絶望感、悲観的思考、抑うつ気分が強く、常に希死念慮が認められる。これらの症状により就労困難となり、日常生活の基本動作、食事や身だしなみも行えなくなった。慢性の希死念慮持続あり、注意を要する。今後も加療継続要する。」とされ、在宅で同居者がいるが、家族との限られた範囲の交際しかできず、日常生活能力の判定では、すべての項目が「自発的にはできないが援助があればできる」であって、日常生活能力の程度は「(3)精神障害を認め、家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助が必要である。」に該当し、現症時の日常生活活動能力及び労働能力として、「日常生活の基本動作(身だしなみ)にも一部支援を要する。労働能力は、現時点では極めて低く、就労不能である。」、予後は「予後の著しい改善は期待できない。」とされている。 また、A医師が本件診断書を訂正した平成〇年〇月〇日付診断書(以下「修正診断書」という。)によれば、発病からの病歴及び治療経過等の欄には、「その後退職となった。同時に離婚となり、抑鬱気分、気力の低下が悪化している。」と加えられ、現症時の病状の具体的な程度・症状につき、平成〇年〇月〇日現在について下記に記載していくとして、「意欲気力の低下、抑鬱気分を主とした状態。この頃、職場からの事実上の解雇や妻からの離婚があり ストレスイベントが連続していた。将来に対する不安・絶望感及び易刺激性や焦燥感にて自宅での安静保持困難が認められた。ほとんど慢性に続く抑鬱気分、悲観的思考 絶望感により希死念慮は常に持続している。当時の妻と同居していたが ほとんど関わりはなかった。そのため日常生活の食行動はほとんど支援がなく偏食をするようになった。外出時に動悸があり、行動範囲を制限されていた。状態像に波があり不安定であった。加療継続を要する。」とされ、また、日常生活状況は、ほとんど外出せず、他者との交流もなく、日常生活能力の判定については、適切な食事摂取と身辺の清潔保持が、本件診断書では「自発的にはできないが援助があればできる」とされていたのを、いずれも「できない」に改められ、日常生活能力の程度は、本件診断書では(3)であったのを、「(4)精神障害を認め、日常生活における身のまわりのことも、多くの援助が必要である。」に該当するとされ、現症時の日常生活活動能力及び労働能力については、「日常生活の大部分に支援を要する。労働能力はほとんどない。」、予後については、「予後の著しい改善は期待できない。」と改められている。そして、このように訂正した理由について、A医師は、当審査会からの照会に対し、平成〇年〇月〇日付回答書で、「平成〇年〇月〇日、最初の診断書作成当時、本人は妻と離婚し事実上の単身生活を送っていた。このため本人以外からの情報収集は困難であった。当時、日常生活の能力について問うと「自分でできている」という回答があったため日常生活の基本動作はできているものと判定した。その後、平成〇年〇月下旬から同年〇月下旬までの2ヶ月間、本土在住の父親が〇〇にいる本人と一緒に生活をした。その父親から「本人は日常生活は自分でできると言っていたが、実際はほとんど臥床傾向で偏食多く、入浴もしていなかった」と言う。この父親からの情報でようやく正確に情報を得ることができた。家族からの要請で平成〇年〇月〇日に再調査したところ、平成〇年〇月〇日当時も現在も日常生活の基本動作(食事、清潔)は行えていないことが判明した。」とし、さらに、参考として、「この事例は、ある程度の障害を有しているにもかかわらず本人の自己評価が鬱病により曖昧な判断となり 実際の評価が実態と合わないものとなりました。その後の家族からの情報提供があり、後からより正確な情報が加わり判断となったケースです。」とされている。 4 以上によれば、障害認定日当時における請求人の当該傷病による障害の状態は、本件診断書においても、すでに、思考・運動制止、刺激性、興奮、憂うつ気分、希死念慮といった抑うつ状態を示す多彩な症状がみられ、常に不安や緊張に支配され、その結果、易疲労性、全身倦怠感、気力や判断力、集中力が低下し、また、将来への絶望感や悲観的な気分から慢性的に希死念慮が認められ、注意を要するものとされ、日常生活能力の判定は、すべての項目が「自発的にはできないが援助があればできる」とされているのであって、日常生活能力の程度は(3) とされているものの、実際には多くの援助を要する状態にあったものと考えられ、(4)と評価しても不自然とはいえず、これに訂正診断書をも併せてみれば、その障害の状態は、前述した認定基準における2級の例示である「日常生活が著しい制限を受けるもの」に相当し、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度にあるものということができ、国年令別表の2級に該当するものと認めるのが相当である。 5 したがって、これと異なり、障害等級3級の障害厚生年金を支給するとした原処分は相当でないので、これを取り消すこととし、主文のとおり裁決する。