障害年金-社会保険審査会裁決例
平成22年(厚)第131号 平成23年2月28日裁決
主 文 1 後記第2の2記載の原処分について、これを、厚生年金保険法第47条の3の規定に基づく請求を主位的請求とし、同法第47条の2の規定に基づく請求を予備的請求とする裁定請求に対して、いずれの請求をも却下したものとし、上記の予備的請求を却下した処分を取り消す。 2 再審査請求人のその余の再審査請求を棄却する。
理 由 第1 再審査請求の趣旨 再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、後記第2の2記載の原処分について、これを、厚生年金保険法第47条の3の規定に基づく請求を主位的請求とし、同法第47条の2の規定に基づく請求を予備的請求とする裁定請求に対して、いずれの請求をも却下したものとして取り消すことを求める、ということであると解される。 第2 再審査請求の経過 1 請求人は、強皮症(以下「傷病A」という。)及び右大腿骨頚部内側骨折(以下「傷病B」という。)により障害の状態にあるとして、平成〇年〇月〇日(受付)、社会保険庁長官に対し、国民年金法(以下「国年法」という。)又は厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)の規定に基づく障害に係る年金給付(以下、単に「障害給付」という。)の裁定を請求した。なお、本件裁定請求書の記載上は、請求事由欄の「1.障害認定日による請求」、「2.事後重症による請求」及び「3.初めて障害等級の1級または2級に該当したことによる請求」(以下、この「3」を「初めて2級による請求」という。)のうち、「3」に〇が付されている。 2 厚生労働大臣(注:国年法又は厚年法の規定に基づく給付を受ける権利については、平成22年1月1日から厚生労働大臣が裁定)は、同年〇月〇日付で、請求人に対し、「今回、請求のあった前発傷病「強皮症」、基準傷病「右大腿骨頚部内側骨折」に係る、初めて障害等級の1級または2級に該当したことによる請求については、認定すべき日(平成〇年〇月〇日)において、前発傷病の障害の状態が単独で2級以上に該当するため支給されません。」という理由により、障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。 3 請求人は、原処分を不服とし、平成〇年〇月〇日(受付)、〇〇厚生局社会保険審査官(以下「審査官」という。)に対し、審査請求をした。 4 請求人は、当該審査請求をした日から60日以内に審査官の決定がなかったとして、平成○年○月○日(受付)、国年法第101条第2項及び厚年法第90条第2項の規定により、当審査会に対し、再審査請求をした。 5 本件審理期日(平成〇年〇月〇日)において、保険者の代理人は、請求人の傷病Aに係る障害の状態について、a病院b科・A医師(以下「A医師」という。)作成の平成〇年〇月〇日付診断書(注:障害の状態を「平成〇年〇月頃現症」としているものと認められる。)によれば、その程度は、国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に掲げる2級に相当する旨、その意見を陳述した。 第3 問題点 1 障害等級2級以上の障害給付を受けるためには、障害の状態が国年令別表に掲げる程度(1級又は2級)に、また、障害等級3級の障害厚生年金を受けるためには、障害の状態が厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表第1に掲げる程度に、それぞれ該当することが必要とされている(国年法第30条、厚年法第47条第2項)。そして、「初めて2級による請求」の場合、疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その傷病(以下「基準傷病」という。)に係る初診日において被保険者であった者であって、基準傷病以外の傷病(以下「前発傷病」という。)により障害の状態にあるものが、基準傷病に係る障害認定日以後65歳に達する日の前日までの間において、初めて、基準傷病による障害と他の障害とを併合して障害等級の1級又は2級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったとき(基準傷病の初診日が、前発傷病に係る初診日以降であるときに限る。)に、基準傷病による障害と他の障害とを併合した障害の程度により障害厚生年金が支給される、とされている(国年法第30条の3、厚年法第47条の3)。したがって、この「初めて2級による請求」が認められるためには、前発傷病による障害の状態が、障害等級の1級又は2級に該当しない程度であることが要件とされていることになる。また、厚年法第47条の2によれば、疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その傷病に係る初診日において被保険者であった者であって、障害認定日において障害等級(1級ないし3級)に該当する程度の障害の状態になかったものが、同日後65歳に達する日の前日までの間において、その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは、その者は、その期間内に障害厚生年金の支給を請求することができる、とされている。 2 第2の1に示した本件裁定請求書の記載と本件手続の全趣旨によれば、本件裁定請求は、明示的には、厚年法第47条の3の規定に基づき、傷病Aを前発傷病、傷病Bを基準傷病とする「初めて2級による請求」として申し立てられたものであることが明らかであり、本件記録によれば、この裁定請求を受けた保険者は、当然のことながら、本件裁定請求を「初めて2級による請求」として扱い、前発傷病である傷病Aによる障害の状態が、障害状態を認定すべき日において単独で国年令別表に定める2級以上の程度に該当すると認められるとして、請求人に請求事由の変更の検討を勧めたが、請求人がこれに応じる意向を示さなかったため、やむを得ず、本件裁定請求は、あくまでも「初めて2級による請求」のみを請求事由とする裁定請求として扱うほかはないとして、原処分を行ったものであることが認められる。そして、傷病Aによる障害の状態が、本件において障害状態を認定すべき日である本件裁定請求日(平成〇年〇月〇日。なお、原処分の理由では、第2の2に記載したように、この「認定すべき日」を「平成〇年〇月〇日」としているが、これは後記審査資料に「一般状態区分表」の現症日としてのみ記載されている日であり、必ずしも正しいものではないが、原処分の効力に影響を与えるものではないと解される。)において、国年令別表に定める2級の程度に該当すると認められることは、後記認定のとおりであるから、本件裁定請求が、上記のように、傷病Aを前発傷病、傷病Bを基準傷病とする「初めて2級による請求」としてのみ申し立てられたものとする前提に立つ限り、原処分は妥当であり、本件再審査請求は理由がないとすべきことになる。原処分に至った上記の経緯にかんがみると、それも強ち不当な対応とはいえない。また、本件再審査請求が、原処分が「初めて2級による請求」を却下したことを不当としているだけでなく、本件裁定請求には、傷病Aにより障害の状態にあることを理由とする厚年法第47条の2の規定に基づく事後重症による請求(以下、これを「本件事後重症請求」という。)も予備的請求として含まれているとし、原処分はこの予備的請求をも却下したものであるとして、それをも不当としているものとすれば、その部分は、そもそも本件裁定請求には本件事後重症請求は含まれておらず、原処分はこの請求についての処分ではないし、仮に、本件裁定請求に本件事後重症請求が含まれているとすれば、それに対する処分は未だなされていないことになるから、これを不適法として却下するのが相当ということになる。本件再審査請求について、このように対応することも十分に理由があるものと考えられるところである。 3 しかしながら、本件審理期日(平成〇年〇月〇日)における再審査請求代理人の陳述によれば、請求人は、再審査請求時においては、本件裁定請求について、「初めて2級による請求」とともに、予備的に、本件事後重症請求をも行っているものとして扱うことを求めていることが明らかであり、また、一般に、障害給付の裁定を求める請求者本人の気持としては、本件におけるように、明示的には「初めて2級による請求」として裁定を求めている場合であっても、仮にそれが認められないとしても、裁定請求書に添付して提出した資料等によって、他の請求事由による請求として構成することが可能であり、そのような構成をとった場合には障害給付の受給に繋がる余地があるのであれば、そのような構成をとることを拒否する旨が書面によって一義的に明確に示されているような特段の事情がある場合はともかく、予備的に、他の請求事由による請求をも黙示的に行っているものとみるのが、ことの実態に沿うものと考えられるところである。このような点を総合勘案し、当審査会は、本件については、本件裁定請求から原処分に至るまでの間には第3の2に記載したような経緯・事情があるにしても、請求人本人の利益のために、本件再審査請求を上記のような考えに基づいて棄却あるいは却下し、請求人に、改めて、紛れのない形で本件事後重症請求をすることを求める趣旨に繋がる対応は行わず、本件裁定請求には、本件事後重症請求が予備的請求として黙示的に含まれており、原処分には、この予備的請求をも却下する趣旨が黙示的に含まれているものとして扱うこととする。なお、本件についてこのように扱うことは、請求事由として「初めて2級による請求」のみが明示された障害給付の裁定請求に係る事案について、常に必ず同様に扱うのを相当とする趣旨でないことはいうまでもない。また、再審査請求の段階で本件におけるような扱いを行うことは、原処分時においては必ずしも予期されていないことであり、障害給付の裁定請求に係る実務の対応において、常にかかる扱いがあり得ることを想定してことに当たらなければならないとするのは、実務担当者に過大な負担を求めたり、場合によっては事案ごとの対応の公平性・客観性を害することにも繋がりかねないことになるが、そのような事態を避けるためには、障害給付の裁定請求については、本件のような「初めて2級による請求」についてはもとより、他の請求事由による請求の場合においても、例えば、これは実務上励行されつつあるように見受けられるが、裁定請求書に請求事由として障害認定日による請求と記載されている場合に、予備的に事後重症による請求をも申し立てる旨を記載した書面を徴しているように、その裁定請求が裁定請求書に記載された請求事由のみによるものとしているのか、それとも他の請求事由をも申し立てているのか等を、他の請求事由をも申し立てていることのみならず、他の請求事由は申し立てない旨(例えば、「「初めて2級による請求」以外の請求事由は一切申し立てない」、「本件裁定請求は、障害認定日による請求としての裁定を求めるものであり、事後重症による請求としての裁定は求めない」など)をも、裁定請求書提出の際に、裁定請求者自身の作成に係る書面によって一義的明確な形で明らかにしておけばよいのである。なお、これは上記の請求事由の問題ではないが、あえて付言しておくと、その裁定請求が障害厚生年金のみの裁定を求めているのか、障害基礎年金のみの裁定を求めているのか、両者を併せた裁定を求めているのか、それとも主位的に障害厚生年金の裁定を、予備的に障害基礎年金の裁定を求めているのか、といったことについても、自ずと当然に判別し得る場合はあるにしても、例えば、初診日において厚生年金保険の被保険者ではないため障害厚生年金を認めることはできないが、障害基礎年金としては認めることができるといった場合を考えると、請求事由についてと同様、紛れようもない形で裁定請求者の意思を明らかにしておくことが必要であるというべきである。 4 以上の次第で、本件再審査請求については、原処分は、本件裁定請求における主位的請求である「初めて2級による請求」及び予備的請求である本件事後重症請求のいずれをも却下したものであるとし、それを不当としているものとして扱うこととするので、本件の問題点は、第1には、主位的請求を却下した理由の当否であり、換言すれば、本件裁定請求日における請求人の傷病Aによる障害の状態(以下、これを「本件障害の状態」という。)が国年令別表に定められている2級の程度に該当すると認められるかどうかである。第2には、本件事後重症請求を却下したことの当否であり、この関係では、本件障害の状態が厚年令別表第1に定められている3級以上の程度に該当するものであるとすれば、その他の保険料納付要件等の支給要件が満たされていることについては当事者間に争いがなく、本件記録によっても明らかであるから、専ら、本件障害の状態の程度いかんを問題とすべきことになるところ、保険者も、本件障害の状態については、それが国年令別表に定められている2級の程度に該当するものであることを認めていることにもかんがみると、それは事実上第1の問題点と全く同じものとして考えればよいことになる。したがって、本件で検討しなければならないことは、本件障害の状態が2級の程度に該当するか否かの1点である。 第4 審査資料 「(略)」 第5 事実の認定及び判断 1 「略」 2 上記認定の事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。 ⑴ 国年令別表は、障害等級2級の障害給付が支給される障害の状態を定めているが、請求人の傷病Aによる障害にかかわると認められるものとしては、「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であつて、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」(15号)が掲げられている。そして、国年法及び厚年法上の障害の程度を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁により発出され、同庁の廃止後は厚生労働省の発出したものとみなされて、引き続き効力を有するとされている「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が定められているが、給付の公平を期するための尺度として、当審査会もこの認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。 ⑵ 認定基準は、第3の第1章で第1節から第19節まで障害の類型別に障害認定に当たっての基準を定めているので、本件についてどの節の定める基準を用いるべきかが問題となるが、本件における傷病Aは、医学界の一般的知見上、いわゆる「難病」とされているもののひとつと認められるところ、それについて触れているのは第18節/その他の疾患による障害であるから、本件については同節の定める基準に依拠すべきことになる。そこで、同節の定めるところを見ると、同節は、「認定基準」において、「その他の疾患による障害については、次のとおりである」として、上記国年令別表2級15号等の内容を挙げた上、その他の疾患による障害の程度は、全身状態、栄養状態、年齢、術後の経過、予後、原疾患の性質、進行状況等、具体的な日常生活状況等を考慮し、総合的に認定するものとし、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状があり、日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものを2級に該当するものと認定する、としている。この「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」とは、認定基準は、第2「障害認定に当たっての基本的事項」の1「障害の程度」の説明の中で、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものであり、例えば、家庭内の極めて温和な活動(軽食作り、下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね病棟内に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね家屋内に限られるものである、としている。そして、上記第18節は、「認定要領」において、いわゆる難病について次のとおり定めている。いわゆる難病については、その発病の時期が不定、不詳であり、かつ、発病は緩徐であり、ほとんどの疾患は、臨床症状が複雑多岐にわたっているため、その認定に当たっては、客観的所見に基づいた日常生活能力等の程度を十分考慮して総合的に認定するものとする。なお、厚生労働省研究班や関係学会で定めた診断基準、治療基準があり、それに該当するものは、病状の経過、治療効果等を参考とし、認定時の具体的な日常生活状況等を把握して、総合的に認定する。障害の程度は、一般状態が次表の一般状態区分表(これは本件審査資料の一般状態区分表のアないしオと同じ内容のものである。)のオに該当するものは1級に、同表のエ又はウに該当するものは2級に、同表のウ又はイに該当するものは3級におおむね相当するので、認定に当たっては、参考とする。 ⑶ 上記1で認定した事実によれば、請求人の裁定請求日ころの傷病Aによる障害の状態は、食道から結腸までの消化管の機能障害が主体とされ、腹痛、呕吐、全身倦怠感、発熱の自覚症状があり、他覚所見として、発熱、胃腸液の逆流、胃腸管の拡張、腸蠕動の低下などのイレウス症状、るいそうも認められ、慢性腎不全、慢性的な高度のアチドーシスも指摘され、易感染性などもあり、生命予後は不良と考えられるとされ、一般状態区分はエとされている状況であることが認められる。このような状態を(2) で示した認定基準の定めるところに照らして総合勘案するならば、それは日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度に相当する程度に至っていると認められるので、本件障害の状態は、国年令別表に掲げる2級の程度に該当するものと認めるのが相当である。 3 以上によれば、原処分は、そのうちの本件裁定請求における主位的請求である「初めて2級による請求」を却下した処分は相当であるが、予備的請求である本件事後重症請求を却下した処分は相当でないから、これを取り消し、本件再審査請求は、この取消しを求める限度で理由があり、その余は理由がないことになるからこれを棄却することとし、主文のとおり裁決する。