障害年金-社会保険審査会裁決例
平成22年(厚)第240号 平成23年8月31日裁決
主 文 1 本件再審査請求に基づき、厚生労働大臣が平成〇年〇月〇日付で再審査請求人に対してした、障害給付を支給しないとした原処分のうち、障害基礎年金を支給しないとした部分を取り消す。 2 その余の本件再審査請求を棄却する。
理 由 第1 再審査請求の趣旨 再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の支給を求めるということである。 第2 再審査請求の経過 1 請求人は、筋ジストロフィー(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、「国民年金・厚生年金保険・船員保険障害給付裁定請求書」に所定事項を記載して提出し、平成〇年〇月〇日(受付)、社会保険庁長官に対し、事後重症による請求として障害給付の裁定を請求した。 2 厚生労働大臣(注:障害給付の給付を受ける権利は、平成22年1月1日から厚生労働大臣が裁定)は、平成〇年〇月〇日付で、請求人に対し、「障害厚生年金を受給するためには、傷病の初診日が厚生年金保険の被保険者であった間であることが要件の1つとなっていますが、現在提出されている書類では、当該請求に係る傷病( 筋ジストロフィー) の初診日が平成〇年〇月(厚生年金保険の被保険者であった間)であることを確認することができないため。」という理由により、障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。 3 請求人は、原処分を不服とし、〇〇厚生局社会保険審査官(以下「審査官」という。)に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。その不服の理由は、再審査請求書の「再審査請求の趣旨及び理由」欄に記載されているものをそのまま掲記すると、次のとおりである。 審査資料によりますと、初診日を特定できる医師又は、医療機関が作成した診断書等は無いとあるが、腰痛にて初めて受診したa病院に於て、受診状況等証明書及び入院証明書(診断書)の通り(別添の通り)初診日の確認がとれましたので、再審査の程よろしくお願い致します。 第3 問題点 事後重症による障害厚生年金が支給されるのは、障害の原因となった傷病(その障害の直接の原因となった傷病が他の傷病に起因する場合は、当該他の傷病を含む。以下同じ。)につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において厚生年金保険の被保険者であった者であって、障害認定日において障害等級に該当する障害の程度になかったものが、同日後65歳に達する日の前日までの間において、その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときで、その期間内に裁定請求をした場合に限られる。 そして、2級以上の障害厚生年金が支給される者には、併せて障害基礎年金が支給されることになっている。 請求人に認められる障害が当該傷病によるものであることは当事者間に争いがないところ、原処分は、請求人の障害給付の裁定請求を却下したのであるが、その理由は、請求人の当該傷病に係る初診日(以下「本件初診日」という。)が厚生年金保険の被保険者であった期間(以下「厚年期間」という。)中にあることが認められないことと、請求人が国民年金法(以下「国年法」という。)の規定する障害基礎年金の受給要件を満たしていないことをもその理由とするものと解されるから、本件においては、まず、① 本件初診日はいつと認めるべきか、次いで、それが厚年期間中であると認められるか否かが検討されるべきであり、次に、② 本件初診日が厚年期間中であると認められない場合は、請求人が障害基礎年金の受給要件を満たしていないと認められるか否かが検討されるべきである。なお、保険者代理人は、本件審理期日において、現在ある資料から当該傷病に係る最も古い受診年月日は、b病院のカルテから平成〇年〇月〇日であることが確認でき、本件障害の程度は、四肢の機能障害とみて、2級程度であろうと解釈する旨陳述した。 第4 当審査会の判断 1 本件初診日について判断する。 ⑴ 初診日に関する証明資料は、厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)及び国年法が、発病又は受傷の日ではなく、初診日を障害給付の受給権発生の基準となる日と定めている趣旨からいって、直接それに関与した医師又は医療機関が作成したもの、又はこれに準ずるような証明力の高い資料でなければならないと解するのが相当である。 そして、国年法及び厚年法上の障害の程度を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁から発出され、同庁の廃止後は厚生労働省から発出したものとみなされて、引き続き効力を有するものとされている「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が定められているが、給付の公平を期するための尺度として、当審査会もこの認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。 認定基準の「第1一般的事項」によれば、初診日とは、障害の原因となった傷病について初めて医師又は歯科医師(以下「医師等」という。)の診療を受けた日をいい、具体的には、初めて診療を受けた日(治療行為又は療養に関する指示があった日)、同一傷病で転医があった場合は、一番初めに医師等の診療を受けた日、健康診断により異常が発見され、療養に関する指示を受けた場合は、健康診断日、及び、障害の原因となった傷病の前に、相当因果関係があると認められる傷病があるときは、最初の傷病の初診日が初診日となるとされている。 ⑵ 提出されている資料から、本件初診日の認定に係る客観的なものを全て挙げると、① c病院d科・A医師作成の診断書(平成〇年〇月〇日付)(以下「本件診断書」という。)、② b病院・B医師(以下「B医師」という。)作成の受診状況等証明書(平成〇年〇月〇日付)、③ 当審査会委員長の照会に対するB医師作成の回答書(以下「B医師回答書」という。)(平成〇年〇月〇日付)、④ B医師回答書(平成〇年〇月〇日付)、⑤ 請求人に係るb病院(以下「b病院」という。)e科外来診療録(平成〇年〇月〇日から同〇年〇月〇日まで)及び退院時総括(平成〇年〇月〇日付)、⑥ b病院・C医師(以下「C医師」という。)作成の受診状況等証明書(平成〇年〇月〇日付)、⑦ 当審査会委員長の照会に対するC医師作成の回答書(平成〇年〇月〇日付)、⑧ a病院・D医師作成の受診状況等証明書(平成〇年〇月〇日付)、⑨ a病院・D医師作成の入院証明書(診断書)(平成〇年〇月〇日付)、及び、⑩ b病院e科・E医師作成の入院証明書(診断書)(平成〇年〇月〇日付)があり、これらをおいて他に存しないところ、各資料についてみると、次のとおりである。すなわち、①は、傷病名「筋ジストロフィー」、傷病の発生年月日及び初診日「平成○年頃」と記載されているものの、診断書作成医療機関の初診日は平成〇年〇月〇日であるので、上記載は、本人の申立てに基づいたものと認められる。②は、当時の受診受付簿、入院記録より記載したもの、及び、平成〇年〇月〇日の本人の申し立てによるものと記載した上で、傷病名「筋ジストロフィー 腰椎椎間板ヘルニア」、初診年月日「平成〇年〇月〇日」、初診から終診までの治療内容、および経過の概要「平成〇年〇月〇日 当科入院 〇月〇日 腰椎椎間板ヘルニアの診断の下手術施行。以後当科にて経過観察していたが、平成〇年〇月〇日を最終とし、転医。現在はc病院にて加療中。」とされており、これによると、請求人が、平成〇年〇月〇日に「腰椎椎間板ヘルニア」の治療のためにb病院e科を初診し、同年〇月〇日に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受け、同〇年〇月〇日まで同院の外来受診をしていたと認められる。傷病名として当該傷病が併記されているものの、当該傷病に係る記載は全く認めることはできず、本資料によって本件初診日をいつと認定することはできないし、そもそも③によると、B医師は②の作成日に請求人とは初対面であったことから、ほぼすべての病歴について、本人の申し立てによって、また、⑤の診療記録を見て書いたものであるに過ぎないことが認められる。④には、当該傷病についての記載は全く認められない。⑤は、請求人に係る平成〇年〇月〇日から同〇年〇月〇日までの診療記録であるところ、同〇年〇月〇日には、F医師による記載として、変化なし、装具で歩行が可能、はしで食事が可能、力仕事以外はなんとか可能、両手に力がかかりにくい、また、同年〇月〇日には、下垂足用装具、同年〇月〇日には、左下垂足について、痛み特になし 処方希望、同〇年〇月〇日には、G医師による記載として、変化なし、手の力が入りにくい、左下腿のしびれ続いている、痛みは激しいものではない、LBP(注:下部腰痛と思われる)を時々生ず 筋緊張性ジストロフィー と当該傷病名が初めて記載されている。本資料によれば、平成〇年〇月〇日から同〇年〇月〇日までの期間、請求人はb病院e科外来で診療を受けており、平成○年○月○日時点では既に筋ジストロフィーと診断されていたことが認められるので、本件初診日は、平成〇年〇月〇日の受診日に上記の症状が認められ、これらの症状が前回受診日と変化なしとされているのであるから、前回受診日である平成〇年〇月〇日とするのが相当である。なお、⑥は、傷病名「筋ジストロフィー 腰椎々間板ヘルニア」、発病年月日「平成〇年〇月」、初診年月日「平成〇年〇月〇日」、終診年月日「平成〇年〇月〇日」、発病より初診までの経過は「平成〇年〇月特に誘因なく腰痛出現しその後左下肢麻痺症状が出現、a病院で入院加療するも症状軽減せず平成〇年〇月〇日紹介にて当科初診。」、初診より終診までの治療内容等は「筋ジストロフィーと腰椎々間板ヘルニアとの診断を受け、腰椎々間板ヘルニアに対し、平成〇年〇月〇日手術を受けた。疼痛は軽減したものの筋ジストロフィーによる左下肢運動障害は残存している。平成〇年〇月〇日を最終とし転医。現在はc病院で加療中。」と記載されているが、上記⑤により認められる診療経過をも併せると、これらは当時の診療録に基づいての記載ではなく、あくまでも本人の申立てによって作成されたものと推察される。また、「筋ジストロフィーによる左下肢運動障害は残存している。平成〇年〇月〇日を最終とし転医。」とされているものの、⑥によって、当該傷病と診断された時期ないしはそれによる左下肢運動障害が認められた時期については全く記載がなく、不詳であり、本資料によって本件初診日を認定することはできないといわざるを得ない。また、⑦は、⑥の記載内容についての照会について、当時の受診受付簿、入院記録より記載した部分:平成〇年〇月〇日当科初診 筋ジストロフィーと腰椎々間板ヘルニアと診断平成〇年〇月〇日腰椎々間板ヘルニアに対し、手術。平成〇年〇月〇日を最後として転医、と記載されているが、本資料によって、請求人が当該傷病と診断された時期について特定することはできず、本件初診日を認定することはできない。⑧は、傷病名「腰椎椎間板ヘルニア」、発病年月日「平成〇年〇月頃」、発病から初診までの経過「腰痛が出現して当科初診。」、初診年月日「平成〇年〇月〇日」、終診年月日「平成〇年〇月〇日」とされ、初診より終診までの治療内容及び経過の概要には、請求人の筋ジストロフィーに係る症状あるいはその初診日を示す記載は一切見られず、本資料から本件初診日は認定できない。⑨及び⑩は、入院の原因となった傷病名「腰椎々間板症」、「右腓骨神経麻痺」、「腰椎椎間板ヘルニア」であり、入院記録には、当該傷病の記載は一切なく、いずれによっても本件初診日がいつと認定できない。なお、請求人がb病院を初めて受診したのは、平成〇年〇月〇日であるが、これは腰椎椎間板ヘルニアにより受診したものであり、同月〇日に手術目的で入院し、同年〇月〇日に手術を施行したことが認められ、退院時に下腿外側下部から足にかけての痺れ及び下垂足が問題点として指摘されてはいるものの、同月○日に退院したことが認められる(⑤中の退院時総括)のであって、この期間中に当該傷病についての指摘は何もなく、しかも、同年〇月〇日(退院サマリー)には筋電図検査を受けたが、「EMGにてlt.tibialisanterior の著明なdenervation を認めた。」(⑩)、「severe denervation」(⑤中の退院時総括)とされていて、前脛骨に著明な除神経の所見が認められているものの、当該傷病に由来する筋原性異常所見が認められたわけではないから、平成〇年〇月〇日を当該傷病の初診日と認めることはできないのである。 以上みてきたように、本件初診日を認定できる資料は、⑤のみであり、そこから、本件初診日は平成〇年〇月〇日と認められる。 2 被保険者資格要件について判断する。本件初診日を平成〇年〇月〇日とした上で、請求人に係る厚年資格記録(共通)に照らしてみると、同日において請求人は厚生年金保険の被保険者ではなかったことは明らかである。 3 次に、請求人が障害基礎年金の受給要件を満たしていないと認められるか否かについて検討する。 ⑴ 請求人に係る国年資格記録Ⅱによれば、平成〇年〇月〇日において、請求人は国民年金の被保険者であって、障害基礎年金を受けるための保険料納付要件を満たしていると認められるところ、障害基礎年金は、障害の状態が国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に定める程度(障害等級1級又は2級)に該当しないときは、支給されないとされ、請求人の当該傷病により障害等級1級の障害基礎年金が支給される障害の程度としてはその9号に「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であつて、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」が掲げられ、障害等級2級の障害基礎年金が支給される障害の程度としてはその15号に「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であつて、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」が掲げられているので、本件障害の状態が上記15号又は9号の程度に該当しないと認められるかどうかを検討すべきところ、障害の程度の具体的認定に当たっては、障害認定の公平を期するための尺度として発せられている認定基準に依拠するのが相当である。 ⑵ 当該傷病による障害の程度は、認定基準の第3第1章「第7節 肢体の障害」(以下「本節」という。)の「第4 肢体の機能の障害」の項に依拠して判断すべきであるところ、肢体の機能の障害は、原則として、本節「第1上肢の障害」、「第2 下肢の障害」及び「第3 体幹・脊柱の機能の障害」に示した認定要領に基づいて認定を行うが、進行性筋ジストロフィー等の多発性障害の場合には、関節個々の機能による認定によらず、関節可動域、筋力、日常生活動作等の身体機能を総合的に認定するとされ、肢体の機能の障害の程度は、運動可動域のみでなく、筋力、運動の巧緻性、速度、耐久性及び日常生活動作の状態から総合的に認定を行うが、障害等級1級及び2級に相当すると認められるものを一部例示するとして、次のとおり掲げている。(1級)1 一上肢及び一下肢の用を全く廃したもの2 四肢の機能に相当程度の障害を残すもの (2級)1 両上肢の機能に相当程度の障害を残すもの2 両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの3 一上肢及び一下肢の機能に相当程度の障害を残すもの4 四肢の機能に障害を残すもの 身体機能の障害の程度と日常生活動作の障害との関係を参考として示すと、次のとおりであるとされている。 ア 「用を全く廃したもの」とは、日常生活動作のすべてが「一人で全くできない場合」又はこれに近い状態をいう。 イ 「機能に相当程度の障害を残すもの」とは、日常生活動作の多くが「一人で全くできない場合」又は日常生活動作のほとんどが「一人でできるが非常に不自由な場合」をいう。 ウ 「機能障害を残すもの」とは、日常生活動作の一部が「一人で全くできない場合」又はほとんどが「一人でできてもやや不自由な場合」をいう。 ⑶ そこで、本件診断書により、本件障害の状態をみるに、両上下肢の各3大関節に係る可動域は、左足関節の自動可動域は健側の2分の1以下に制限されているものの他動可動域は正常であり、関節運動筋力は、右手関節の掌屈、左手関節の背屈及び掌屈並びに左足関節の底屈がいずれも著減、左足関節の背屈が消失であるほかは、両上下肢の3大関節の運動筋力はすべて半減とされている。そして、日常生活動作の障害の程度をみるに、上肢関係では、タオルを絞る(水をきれる程度)及びさじで食事をするがいずれも1人では全くできない(両手)、つまむ(新聞紙を引きぬけない程度)、握る(丸めた週刊誌が引きぬけない程度)及び用便の処置をする(尻のところに手をやる)(右、左)はいずれも1人でできるが非常に不自由、用便の処置をする(右、左)、上衣の着脱(かぶりシャツを着て脱ぐ及びワイシャツを着てボタンを止める)(両手)はいずれも、1人でできてもやや不自由とされ、下肢関係では、片足で立つ(右、左)、手すりのない状態で階段を登る及び手すりのない状態で階段を下りるがいずれも1人では全くできない、屋内を歩く(右、左)、屋外を歩く(右、左)及び支持のない状態で立ち上がるが1人でできるが非常に不自由とされる。また、平衡機能については、閉眼での起立・立位保持の状態は「不安定である。」、開眼での直線の10m歩行の状態は「転倒あるいは著しくよろめいて、歩行を中断せざるを得ない。」とされ、補助用具使用状況は「常時(起床より就寝まで)杖を使用、一本杖歩行で、ようやく歩行している。」とされる。そして、現症時の日常生活活動能力及び労働能力は「両手指の筋萎縮、左下肢の筋萎縮著明にて労働能力は不可である。」とされているような本件障害の状態は、上記障害等級1級に相当すると認められるものの例示に当たるとはいえないが、2級に相当するものの例示である「四肢の機能に障害を残すもの 」に当たると認められるから、障害等級2級の程度に該当すると認めるのが相当である。 4 以上の認定及び判断の結果によると、請求人に対しては、受給権発生の日を平成〇年〇月〇日とする障害等級2級の障害基礎年金を同年〇月から支給すべきであるから、原処分のうち、障害厚生年金を支給しないとした部分は相当であるが、障害基礎年金を支給しないとした部分は不当である。 よって、本件再審査請求に基づき、原処分中の障害基礎年金を支給しないとした部分を取り消し、その余の本件再審査請求を棄却することとして、主文のとおり裁決する。