障害年金-社会保険審査会裁決例

平成22年(厚)第95号  平成24年2月29日裁決

             主      文
後記第2の2記載の原処分を取り消す。

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、主文と同旨の裁決を求める、ということである。
第2 再審査請求の経過
1 請求人は、両側大腿骨頭壊死(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成〇年〇月〇日(受付)、社会保険庁長官に対し、障害認定日による請求(予備的に事後重症請求)として、国民年金法(以下「国年法」という。)による障害基礎年金及び厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)による障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の裁定を請求した。
2 機関としての社会保険庁長官を承継した厚生労動大臣は、平成〇年〇月〇日付で、請求人に対し、裁定請求書に添付された診断書を診査した結果、請求人の当該傷病による障害の状態は、裁定請求日において厚年法施行令(以下「厚年令」という。)別表第1に定める障害の程度に該当するので、裁定請求日から3級の障害厚生年金を支給するが、それ以上の支給はしない旨の処分(以下、上記処分のうちの障害認定日請求に係る処分を、「原処分」という。)をした。再審査請求の審理期日における保険者の意見によれば、その理由は、障害認定日である平成〇年〇月〇日当時の障害の状態が確認できないというものである。
3 請求人は、原処分を不服として、〇〇厚生局社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。不服の趣旨を要約すると、「障害認定日による請求をしたのですが、事後重症による請求の判断とされた為です。平成〇年〇月〇日にa病院で胆のうの摘出手術をしてその時合併症等、発生してステロイドを使用す(平成〇年〇月〇日退院)。平成〇年〇月〇日に足の付け根に痛みがでたのでa病院で受診する。MRIでの診察結果特発性大腿骨頭壊死と診断される。約〇年半以上何の症状も無かったし、初診した時のb科の先生は、ステロイドが直接原因とは言えないと言われた。c病院のd科のA先生、e病院f科のB先生も、ステロイドが直接原因とは判断できないと言われた。しかし、この度の社保庁の審査の先生によると、ステロイドが直接原因との判断の為に初診日が平成〇年〇月〇日で認定日が平成〇年〇月〇日と見なされてます。どの〇〇科の専門分野の先生も、ステロイドが直接原因とは言えないと言われてるし、約〇年半以上何の症状も無かった。だから発病して始めて受診した日(平成〇年〇月〇日)が初診日で、その1年6ヶ月後の平成〇年〇月が認定日と判断されるのが妥当ではないのでしょうか。」ということである。
第3 問題点
1 障害認定日請求により障害給付が支給されるためには、疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)により初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において、厚生年金保険の被保険者であった者が、① 当該障害の原因となった傷病に係る初診日の前日において、初診日の属する月の前々月までに国民年金(厚生年金保険の加入期間を含む)の被保険者期間があり、かつ、当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上あること、又は、当該初診日の前日において初診日の属する月の前々月までの1年間のうちに保険料の未納期間がないこと(以下、これを「保険料納付要件」という。)の要件、及び、② 当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合は、その日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし、以下「障害認定日」という。)において、国年法施行令(以下「国年令」という。)別表に掲げる障害等級1級若しくは2級又は厚年令別表第1に掲げる障害等級3級のいずれかに該当することの要件をいずれも満たすことが必要とされる(厚年法第47条及び国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号)附則第64条第1項参照)。
2 本件の場合、請求人の予備的請求である事後重症請求に、障害等級3級の障害厚生年金の支給が認められたことについては当事者間に争いがなく、主位的請求である障害認定日請求について、保険者は当該傷病の原因はステロイド投与にあり、ステロイド投与の原因となった急性胆のう炎と当該傷病に相当因果関係があるとして、初診日を平成〇年〇月〇日と認定し、障害認定日である平成〇年〇月〇日当時の障害の状態が確認できない、としたことに対して、請求人は、当該傷病による初診日は、ステロイド投与の原因となった急性胆のう炎の初診日ではなく、両側大腿骨骨頭壊死症に係る初診日(平成〇年〇月〇日)である旨主張しているのであるから、本件の問題点は、まずは、当該傷病の初診日(以下「本件初診日」という。)はいつかであり、換言すれば、ステロイド投与と当該傷病に相当因果関係があるとして、請求人の主張する平成〇年〇月〇日を初診日と認めず、ステロイド投与の原因となった急性胆のう炎の初診日とすることが相当であるかどうかである。次に、請求人主張の初診日が認められる場合は、それを前提とした保険料納付要件充足の有無、そして、障害認定日(平成〇年〇月〇日)に係る平成〇年〇月〇日現症診断書に基づいて、障害認定日おける請求人の当該傷病による障害の状態(以下「本件障害の状態」という。)が、厚年令別表第1に定める障害等級3級以上に該当するかどうかである。
第4 審査資料
「(略)」
第5 事実の認定及び判断
1 「略」
2 当審査会の判断
⑴ まず、本件初診日について判断する。
ア 国年法及び厚年法上の障害の程度を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁により発出され、同庁廃止後は厚生労働省の発出したものとみなされて、引き続き効力を有するものとされ、当審査会も、給付の公平を期するための尺度として、これに依拠するのが相当であると思料する「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が存するところ、この認定基準の「第1 一般的事項」によれば、「傷病」の意義については、「疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病を総称したものをいう。」とされ、「起因する疾病」は、前の疾病との間に相当因果関係があると認められる疾病をいい、相当因果関係とは、ある行為(事象)からそのような結果が生じるのが経験上通常である場合に、ある行為(事象)とその結果には因果関係がありとするのが相当因果関係でありとするものである。
また、「初診日」とは、障害の原因となった傷病につき、初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日をいうとされ、初めて診療を受けた日とは、治療行為又は療養に関する指示があった日とされている。そして、障害の原因となった傷病の前に、相当因果関係があると認められる傷病があるときは、最初の傷病の初診日が初診日となるとされている。
イ そこで、請求人の病状経過をみるに、上記1(1)ないし(3)によれば、請求人は、平成〇年〇月〇日急性胆のう炎にて緊急入院し、同月〇日腹腔鏡下胆のう摘出術を受け、同月〇日胆汁性腹膜炎併発し、抗生剤投与により一時軽快するも、同月〇日よりステロイド投与が開始され、以後創部哆解、呼吸困難、人工呼吸器装着等の重篤な状態となり、それらに対応するためにステロイドの投与を継続的に受けたこと、その後、当該傷病について、MRI、CT等の検査及び療養の指示も受けることなく経過し、ステロイド剤の使用を終えてから〇年〇ヶ月後の平成〇年〇月〇日に股関節の痛みにて、整形外科受診し、当該傷病と初めて診断されたことが認められる。
ウ ところで、当該傷病は、厚生労働省から特定疾患(難病)として指定され、最近の医学的知見として、「重篤副作用疾患別対応マニュアル 特発性大腿骨頭壊死症 (平成23年3月 厚生労働省 医療関係の皆様へ)」が発出され、それによれば、特発性大腿骨頭壊死症は、原因不明の疾患で、ステロイド薬投与使用に伴って発生することがあるのは事実だが、現時点ででは副作用と呼ぶべきかどうかは不明であるとされ、発生機序としては循環障害による阻血性病変と考えられ、動脈性閉塞とする説が有力で、骨頭に壊死が生じ、この壊死部が圧潰・変形することで起きるとされる。発生頻度は、205年に行われた全国疫学調査では、本症全体では(ステロイド性に限らない)、1年間の受療患者数は11,400人、新患数は2,220人である。誘因別の分布をみると、ステロイド薬全身投与歴あり/アルコール愛飲歴あり/両方あり/両方なしの比率は、受療患者全体では51/31/3/15%であり、「両方あり」を含めるとステロイド関連は54%であるが、新患に限ってみるとステロイド関連は48%となり、上記の新患数から、ステロイド投与に係る特発性大腿骨頭壊死症の新規発生数は1000人よりやや多い程度と推定されている。
また、ステロイド薬使用に関連して発生する特発性大腿骨頭壊 死症について、患者側のリスク因子として頻度が高い基礎疾患は、全身性エリテマトーデス(SLE:Raynaud 現象で初発する例、診断時にループス腎炎を合併する例及び経過中に心外膜炎、高血圧、精神神経症状、腎機能障害等のある例)、 喘息、ネフローゼ、血液疾患、臓器移植術後( 腎移植など) などであり、投薬上のリスク因子としては、ステロイド薬の総投与量と最高投与量に比べ、投与開始から骨壊死発生までの期間における1 日平均投与量が最も明瞭な関連を示しており、SLE患者では16.6mg/ 日以上(vs.<12.3mg/ 日) で、腎移植患者では20.40mg/ 日以上(vs. <14.92mg/ 日) でリスクが3~5倍高くなり、一日平均15mg 程度以上ではリスクは4倍とされる。パルス療法に関しては、SLE患者において1 回の実施でリスクの上昇を認めるものの、2回以上では上昇を認められず、腎移植後2か月間のステロイド薬の総投与量1,400-1,795mg、および>1,795mg(vs. ≦1,400mg)でリスク上昇を認め(6~7倍)、また、ステロイド代謝の遅い人では、本症発生リスクが高いとされている。また、ステロイド薬およびアルコール多飲以外のリスク因子と しては、喫煙と肝機能障害が報告されている。
エ 他方、ステロイド投与による大腿骨頭壊死症の発生に関する疫学調査はないものの、ステロイドは膠原病、リウマチ、臓器移植術、救急医療(ショック、セプシス)等の疾患について、相当数(リウマチ患者数から少くとも数十万人以上)の患者に投与されているものと思料されるにもかかわらず、当該傷病の発生は、上記のとおり、1年間の新規発生数は1000人よりやや多い程度と推定されているのであって、ステロイド投与による当該傷病の発生は、経験上それが通常であるといえるほどに高い確率では起きていないと考えられるものである。
また、ステロイドとして汎用されるプレドニンの医薬品情報( 注:医薬品情報サイトイーファーマーの水溶性プレドニン20mg 添付情報の副作用の記載) によれば、副作用の発生が全体の8.6%で、その主なものは消化性潰瘍とされ、重大な副作用として、骨粗鬆症、大腿骨頭無菌性壊死及び上腕骨頭無菌性壊死等の骨頭無菌性壊死が記載され、それらの発生頻度は十分に明らかにされていないものの、大腿骨頭壊死症の副作用発生は数%以下と考えられている。すなわち、一施設の臨床治験(注:日経メディカルオンライン 第50回日本リウマチ学会総会・佐賀大学膠原病リウマチ内科の報告)等によれば、いずれも副作用の発生率は数パーセント(10%以下)とされている。
オ そうすると、本件の場合、プレドニン1日40mg 以上を1か月以上投与されていることから、疾患上のリスク因子としては弱いものの、ステロイド投薬によるリスク因子は強いことが窺われ、いわゆるステロイド投与を原因とする特発性大腿骨頭壊死症と思われる。しかしながら、ステロイドは当該傷病の真の発生リスク因子ではなく、ステロイド投与を受ける患者の背景、投与の方法・投与量を規定する他の因子が真のリスク因子である、という可能性も否定できないのであり、加えて、ウ及びエで述べたところをも併せ考えると、当該傷病の発症を、直ちにステロイドによる副作用として取り扱うのは相当でないと判断される。
そして、ステロイド投与による当該傷病の発生が、臨床での経験上それが通常であるといえるほどに高い確率ではないことからすれば、本件の場合、ステロイド投与と当該傷病の発生との間には、医学的には一定の因果関係が認められるものの、認定基準に掲げられている相当因果関係があるとまではいうことはできない。
さらに、本件での初診日の判断に関しては、ステロイドの大量 投与の原因である急性胆のう炎との関係が問題となるところ、本件におけるステロイドの大量投与は、胆のう摘出後に起きた胆汁性腹膜炎及びその後の重篤な合併症に対する救命処置としてなされたものであるが、急性胆のう炎に対してステロイドの大量投与を行うことは、臨床での経験上通常であるとまではいえないと判断される。
カ 以上によれば、ステロイド投与の原因となった急性胆のう炎の初診日(平成〇年〇月〇日) を当該傷病の初診日と認めるのは相当でなく、当該傷病の症状が出現し、初めて医療機関を受診して、診断・療養の指示を受けた日であると認められる平成〇年〇月〇日を当該傷病の初診日と認めるのが相当である。
そして、本件記録によれば、上記の初診日において、請求人は、厚生年金保険の被保険者であって、その前日において保険料納付要件を満たしていることが認められる。
⑵ 次に、本件障害の状態について判断する。
ア 当該傷病は、下肢の障害であるところ、3級の障害厚生年金が支給される障害の程度としては、厚年令別表第1に「一下肢の3大関節のうち、2関節の用を廃したもの(6号)」、「身体の機能に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの(12号)」及び「傷病が治らないで、身体の機能又は精神若しくは神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの(14号)」がそれぞれ掲げられている。
そして、認定基準の第3第1章第7節/肢体の障害の「第2  下肢の障害」によると、障害等級3級に該当するものの一部例示として、「一下肢の3大関節のうち、2関節の用を廃したもの」が規定され、「関節の用を廃したもの」とは、関節の自動可動域が健側の自動可動域の2分の1以下に制限されたもの又はこれと同程度の障害を残すもの(例えば、常時固定装具を必要とする程度の動揺関節)をいうところ、関節可動域の評価は、各関節の最も主要な運動を重視し、他の運動については参考とし、原則として、健側の関節可動域と比較して患側の障害の程度を評価するが、両側に障害を有する場合には、参考可動域を参考として評価するとされている。
また、2つの障害が併存する場合は、個々の障害について、併合判定参考表における該当番号(以下、単に「1号」などという。)を求めた後、当該番号に基づき併合( 加重) 認定表による併合番号を求め、障害の程度を認定する(以下「併合認定の手法」という。)とされている。
イ 両大腿骨頭壊死症は両股関節に係る障害であるが、その状態の程度は、認定基準では、個々の股関節の可動域制限で判断されているものと解されるところ、上記1で認定した事実によれば、本件障害の状態は、上記認定基準に照らしてみると、平成○年○月○日現症当時において、両股関節の屈曲・伸展の可動域は、参考可動域の140°に対して、右〇〇°、左〇〇°であり、いずれも2分の1以下に制限され、関節運動筋力はそれぞれ半減とされている。そうすると、請求人の右下肢及び左下肢の障害は、それぞれ併合判定参考表の該当番号8号(一下肢の3大関節のうち、1関節の用を廃したもの)に該当し、併合認定の手法により併合すると、併合番号7号となり、厚年令別表第1に定められている障害等級3級の12号に該当するもと認めるのが相当である。
⑶ 以上のとおり、当該傷病の初診日は、大腿骨頭壊死症の発症日の平成〇年〇月〇日であると認めるのが相当であり、障害認定日に近い平成〇年〇月〇日当時の本件障害の状態は、上記説示のとおり、厚年令別表第1に掲げる3級の程度に該当すると認められるので、障害等級3級の障害厚生年金が支給されるべきであり、これと趣旨を異にする原処分は妥当ではないので、取り消すこととし、主文のとおり裁決する。

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