障害年金-社会保険審査会裁決例

平成23年(厚)第293号  平成24年6月29日裁決

             主      文
後記第2記載の原処分を取り消す。

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
再審査請求承継人による受継前の再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、請求人について、受給権発生日を平成〇年〇月〇日として、障害等級1級の障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の支給を求めるということである。
第2 再審査請求に至る経緯
請求人は、筋萎縮性側策硬化症(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成〇年〇月〇日(受付)、厚生労働大臣に対し、平成〇年〇月〇日を初診日とし、障害認定日による請求として障害給付の裁定を求めたところ、厚生労働大臣は、平成〇年〇月〇日付で、請求人に対し、障害認定日を平成〇年〇月〇日としたうえで、当該傷病による障害の状態は国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に定める1級の程度に該当するとして、同年〇月から障害等級1級の障害給付を支給する旨の処分(以下、「原処分」という。)をした。
請求人は、これを不服として、標記の社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をしたものであるが、再審査請求後の平成〇年〇月〇日に死亡し、再審査請求人が請求人の妻として再審査請求手続を受継したものである。その不服の理由の要旨は、いわゆる認定基準によれば、初診日から起算して1年6月以内に在宅酸素療法を始めた場合は、その開始した日を障害の程度を認定する時期とするとされているところ、請求人は当該傷病により四肢・体幹の筋萎縮・筋力低下が進行し、呼吸困難となって、平成〇年〇月〇日から24時間のNPPV(非侵襲的間欠陽圧人工呼吸療法)(以下、単に「NPPV」という。)が開始されていることから、同日をもって障害の程度を認定する日とすべきであり、その障害の程度は、四肢の筋力がすべて著減若しくは消失し、1級に該当するというものである。
第3 当審査会の判断
1 本件記録によれば第2記載の事実が認められるところ、障害給付は、障害認定日による請求にあっては、対象となる障害の原因となった傷病に係る初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては、その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。))(以下「障害認定日」という。)において、その傷病による障害の状態が、国年令別表に掲げる程度(障害等級1級又は2級)に該当しなければ支給されず、障害等級3級の障害厚生年金は厚生年金保険法施行令別表第1に掲げる程度に該当しなければ、支給されないこととなっている。
本件では、当該傷病の初診日が平成〇年〇月〇日であることは当事者間に争いがなく、後掲の本件診断書からも認められるところ、請求人は、平成〇年〇月〇日に24時間のNPPVが開始されていることから、同日をもって障害認定日とすべきであるとし、これに対し、保険者は、初診日から1年6月後の平成〇年〇月〇日が障害認定日であるとして原処分をしていることから、先ずは、当該傷病に係る障害認定日はいつと認められるかが問題であり、次に、その日における障害の状態がどの程度と認められるかが問題となる。
2 障害認定日について検討する。
⑴ 障害の程度等を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁より発出され、同庁の廃止後は厚生労働省の発出したものとみなされている「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が定められており、給付の公平を期するための尺度として、これに依拠するのが相当と考えるところ、この認定基準によれば、「障害認定日」とは、障害の程度の認定を行うべき日をいい、初診日から起算して1年6月を経過した日又は1年6月以内に治った場合には治った日(その症状が固定し、治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)をいう、とされ、「傷病が治った状態」とは、器質的欠損若しくは変形又は機能障害を残している場合は、医学的に傷病が治ったとき、又は、その症状が安定し、長期にわたってその疾病の固定性が認められ、医療効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が自然経過により到達すると認められる最終の状態(症状が固定)に達したときをいうとされている。
また、後掲の本件診断書によれば、請求人には、当該傷病による障害として、呼吸不全が認められるところ、認定基準によれば、呼吸不全とは、原因のいかんを問わず、動脈血ガス分析値、特に動脈血O2分圧と動脈血CO2分圧が異常で、そのために生体が正常な機能を営み得なくなった状態をいい、認定の対象となる病態は、主に慢性呼吸不全であるが、これを生じる疾患は、閉塞性換気障害、拘束性換気障害、心血管系異常、神経・筋疾患、中枢神経系異常等多岐にわたり、肺疾患のみが対象疾患ではないとされ、在宅酸素療法を施行中のものついては、原則として次により取り扱うとされている。
ア 常時(24時間)の在宅酸素療法を施行中のもので、かつ、軽易な労働以外の労働に常に支障がある程度のものは3級と認定する。なお、臨床症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定する。
イ 障害の程度を認定する時期は、在宅酸素療法を開始した日(初診日から起算して1年6月以内の日に限る。)とする。
⑵ そして、a病院b科・A医師(以下「A医師」という。)作成の平成〇年〇月〇日現症に係る平成〇年〇月〇日付診断書(以下「本件診断書」という。)によれば、当該傷病の発生年月日は「平成〇年〇月(本人の申立て)」、傷病が治った(症状が固定した)日は「平成〇年〇月〇日」とされ、初診時(平成〇年〇月〇日)所見として、「平成○年より始る下肢、次いで上肢の筋萎縮、筋力低下が進行し、走れない、階段昇降困難などの症状に進展。平成〇年〇月感冒をきっかけに排痰困難となり他医入院。CK高値(〇〇〇iu/L)を指摘され、筋疾患疑いにて当科紹介受診した。MMT上肢近位〇/〇他〇/〇 、weddling gait(注:動揺性歩行)を認めた。」、現在までの治療の内容、経過等として、「平成〇年〇月〇日~〇月〇日入院のうえ精査し、EMG上脱神経所見とNCS異常なし 筋生検軽度神経原生萎縮のみ、脊椎MRI異常なしなどよりALSと診断。CK高値に対し、副腎皮質ホルモン療法を行ったが、CK値のみ改善するも、四肢、体幹の筋萎縮、筋力低下進行し、呼吸困難も進行し、平成〇年〇月〇日よりNIV導入となった。」、障害の状態として、麻痺については、外観(弛緩性、痙直生)、起因部位(脳性、脊髄性)、種類及びその程度(運動麻痺)で、反射は、両上肢は減弱、両下肢は亢進、バビンスキー反射は右が陰性、左が陽性で、その他の病的反射は左右ともHoffman +とされている。握力は、左右とも〇㎏であり、関節可動域についての記載はなく、運動筋力は、左右とも、肩関節、股関節が消失、肘関節、手関節、膝関節、足関節がいずれも著減で、日常生活動作の障害の程度は、タオルを絞る(両手)、ひもを結ぶ(両手)、上衣の着脱(ワイシャツを着てボタンをとめる)(両手)、ズボンの着脱(両手)、靴下を履く(両手)、片足で立つ(左右)、深くおじぎ(最敬礼)をする、歩く(屋内、屋外)は、いずれも「一人では全くできない」、階段を登る、降りるは、「手すりがあってもできない」、立ち上がるは、「支持があればできるが非常に不自由」、つまむ(左右)は「一人でできてもやや不自由」であって、その他の項目は、すべて「一人でできるが非常に不自由」であり、閉眼での起立・立位保持、開眼での直線の10m歩行は、いずれも不可能で、車椅子をときどき使用しており、その他の身体の障害の状態として、「呼吸不全あり。夜間NIPPV使用」とされ、現症時の日常生活活動能力及び労働能力として、「就労不能」、予後は「回復は見込めない」とされている。
また、請求人に係る平成〇年〇月〇日作成の看護サマリー(入院期間平成〇年〇月〇日~〇月〇日)によれば、看護の経過として、「○月○日退院後在宅療養、常に呼吸浅く呼吸困難感あったが、苦しさ増強の為、検査とBAIPAP導入目的で入院となる。入院時肩呼吸、SPO294%労作時呼吸困難、仰臥位になれない状態。次の日よりBAIPAPシンクロニー(注:陽圧人工呼吸器)IPAP10EPAP4 回数10回開始、そのまま24時間装着となる。(中略)早期在宅希望にて、妻へ吸引、健康チェック、呼吸器取り扱い指導 済み退院となる。」、退院後の必要な看護ケアとして、「#ADL全介助 #呼吸筋麻痺の進行 #呼吸器管理」、皮膚損傷のリスク状態として、「24時間マスク装着による鼻根部褥瘡の悪化防止」とされており、これを受けて、A医師は、その作成の平成〇年〇月〇日付及び同年〇月〇日付の「障害年金診断書の補正」と題する各書面で、本件診断書の記載について、「夜間NIPPV使用」を「終日NIPPV使用」に、傷病が治った日、現在までの治療の内容・経過等、障害の状態現症日の各記載における「平成〇年〇月〇日」を「平成〇年〇月〇日」にそれぞれ改めるとしている。
⑶ 以上によれば、請求人については、入院中ではあるが、平成〇年〇月〇日から「終日NIPPV使用」とされており、認定基準上24時間の酸素療法と同一に認定すべきとみなされる人工呼吸療法が開始され、同年〇月〇日に退院した後もこれが継続されたものと考えられるのであって、認定基準の上記の定めに照らして、同日をもってその障害の程度を認定すべきものとするのが相当である。
保険者は、審理期日において、NPPVについては酸素療法と同様に考えられるものの、認定基準において、障害の状態とは「その状態が長期にわたって存在する場合」と規定しており、障害認定にあたっては、現に加療中の傷病で死亡の転帰が予測される場合は、1年6月を経過しないで永続的な障害の状態にあるものとは認定していないとし、また、入院中における酸素療法は重篤な状態にある場合に行われるものであり、安定した状態を前提とした在宅酸素療法とは異なる旨の意見を述べている。しかしながら認定基準においては、前述のとおり、「障害の程度を認定する時期は、在宅酸素療法を開始した日(初診日から起算して1年6月以内の日に限る。)とする。」とのみ定めているのであって、それ以上の要件や除外事由の定めはなく、また、上述したところから認められる本件の病状の推移や現状、予後からすれば、請求人についてはもはや大きな治療方法の変更や症状の改善が考えられる状態ではないと認められるのであって、その意味において状態の固定性が認められ、最終的な状態に達していたものということができるのである。また、在宅酸素療法としているものの、それは一時的なものでなく、かつ、常時(24時間)の酸素療法の施行ということに意味があるものと解すべきであって、請求人が入院中であったことだけを理由に該当しないとすることは、その後まもなく退院して在宅での実施に切り替わっていると解されることからしても相当ではない。したがって、保険者の上記意見は採用することはできない。
3 次に、障害の状態を認定すべき日と認められる平成〇年〇月〇日における請求人の当該傷病による障害の状態(以下「本件障害の状態」という。)と程度について検討する。
⑴ 請求人の当該傷病による障害により障害等級1級の障害給付が支給される障害の程度としては、国年令別表に、「両上肢の機能に著しい障害を有するもの」(3号)、「両下肢の機能に著しい障害を有するもの」(6号)、「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であつて、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」(9号)が掲げられている。また、前述の認定基準によれば、肢体の障害による障害の程度は、「上肢の障害」、「下肢の障害」、「体幹・脊柱の機能の障害」及び「肢体の機能の障害」に区分し認定するとされている。そして、上肢及び下肢の障害で1級の程度に該当するものの一部例示として、「両上肢の機能に著しい障害を有するもの(以下「両上肢の用を全く廃したもの」という。)」、「両下肢の機能に著しい障害を有するもの(以下「両下肢の用を全く廃したもの」という。)」が挙げられており、両上肢の用を全く廃した場合には、上肢装具等の補助具を使用しない状態で、日常生活動作において、「さじで食事をする」「顔を洗う(顔に手のひらをつける)」「用便の処置をする(ズボンの前のところに手をやる)」「用便の処置をする(尻のところに手をやる)」「上衣の着脱(かぶりシャツを着て脱ぐ)」「上衣の着脱(ワイシャツを着てボタンをとめる)」の動作を行うことが全くできないものであり、両下肢の用を全く廃した場合には、杖、松葉杖、下肢装具等の補助具を使用しない状態で、日常生活動作において、「立ち上がる」「歩く」「片足で立つ」「階段を登る」「階段を降りる」の動作を行うことが全くできないものであるとされている。
また、肢体の機能の障害は、原則として、「上肢の障害」、「下肢の障害」及び「体幹・脊柱の機能の障害」に示した認定要領に基づいて認定を行うが、脳卒中等の脳の器質障害、脊髄損傷等の脊髄の器質障害、多発性関節リウマチ、進行性筋ジストロフィー等の多発性障害の場合には、関節個々の機能による認定によらず、関節可動域、筋力、日常生活動作等の身体機能を総合的に認定することとし、肢体の機能の障害の程度は、運動可動域のみでなく、筋力、運動の巧緻性、速度、耐久性及び日常生活動作の状態から総合的に認定を行い、1級に相当すると認められるものの一部例示として、「一上肢及び一下肢の用を全く廃したもの」及び「四肢の機能に相当程度の障害を残すもの」が示されている。
そして、日常生活動作と身体機能との関連は、厳密に区別することができないが、おおむね次のとおりであるとして、上肢及び下肢の各機能については、前述の両上肢の用を全く廃した場合及び両下肢の用を全く廃した場合のそれぞれについて記載した日常生活動作を示し、また、手指の機能についての日常生活動作として、「つまむ(新聞紙が引き抜けない程度)」「握る(丸めた週刊誌が引き抜けない程度)」「タオルを絞る(水をきれる程度)」「ひもを結ぶ」を示した上、手指の機能と上肢の機能とは、切り離して評価することなく、手指の機能は、上肢の機能の一部として取り扱うとされ、身体機能の障害の程度と日常生活動作の障害との関係を参考として示すと、機能に相当程度の障害を残すものとは、日常生活動作の多くが「一人で全くできない場合」又は日常生活動作のほとんどが「一人でできるが非常に不自由な場合」をいい、機能障害を残すものとは、日常生活動作の一部が「一人で全くできない場合」又はほとんどが「一人でできてもやや不自由な場合」をいうとされている。
⑵ 本件障害の状態については、本件診断書によれば、前記2(2)に記載したとおりであることが認められ、両上下肢の3大関節の運動筋力は、すべて著減又は消失であり、日常生活動作の障害の程度も、両上肢についてはほとんどが「一人で全くできない」か「一人でできるが非常に不自由」、両下肢については多くが「一人で全くできない」とされているのであるから、このような本件障害の状態は、前述した認定基準において1級の例示として示されている「四肢の機能に相当程度の障害を残すもの」に該当すると認められるのであり、国年令別表に定める1級の程度にあるものと認めるのが相当である。
4 以上のとおり、本件における障害認定日は平成〇年〇月〇日であって、本件障害の状態は国年令別表に定める1級の程度と認められるので、同日を受給権発生日として障害等級1級の障害給付が支給されるべきであり、これと趣旨を異にする原処分は相当でないので、取り消すこととして、主文のとおり裁決する。

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