障害年金-社会保険審査会裁決例

平成23年(厚)第749号  平成24年4月27日裁決

             主      文
後記第2の2記載の原処分は、これを取り消す。

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、障害基礎年金及び障害厚生年金(併せて、以下「障害給付」という。)の支給を求めるということである。
第2 再審査請求の経過
1 請求人は、多発性硬化症(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成〇年〇月〇日(受付)、厚生労働大臣に対し、いわゆる事後重症による請求として障害給付の裁定を請求した。
2 厚生労働大臣は、平成〇年〇月〇日付で、請求人に対し、「請求のあった傷病(多発性硬化症)の初診日が、平成〇年〇月〇日であり、初診日において厚生年金保険の被保険者であった者に該当しません。」との理由により、障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。
3 請求人は、原処分を不服とし、〇〇厚生局社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。不服の理由は、請求人は平成〇年〇月〇日に交通事故に遭い、その翌日から平成〇年〇月〇日までa病院(以下「a病院」という。)で通院治療を受けたが、同病院において、『「平成〇年〇月〇日に左上肢にしびれがある」「左上肢腱反射亢進」との記載がカルテにあり、また、頸部MRIにて脊髄圧迫所見を認めないことに照らし、遅くとも平成〇年〇月頃には多発性硬化症を発症していた可能性が大きい。』との診断がなされており、b病院(以下「b病院」という。)も当該傷病の発症時期について同旨見解を述べているから、当該傷病の発症時期及び本件初診日は、請求人が厚生年金保険の被保険者であった平成〇年〇月ころから遅くとも当該傷病の症状が確認された同年〇月ころというべきであり、また、裁定請求日における請求人の当該傷病による障害の状態(以下「本件障害の状態」という。)は、「両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」に相当しているから、請求人に障害等級2級の障害給付が支給されるべきである、ということであると解される。
第3 問題点
1 疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において国民年金の被保険者である者又は被保険者であった者(日本国内に住所を有し、かつ、60歳以上65際未満の者に限る。)が、いわゆる事後重症による請求として障害基礎年金を受けるためには、① 当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては、その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし、以下「障害認定日」という。)において、国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に掲げる障害等級1級又は2級に該当する程度の障害の状態になかったものが、同日以後65歳に達する日の前日までの間において、その傷病により障害等級1級又は2級に該当する程度の障害の状態に該当することと、② 当該障害の原因となった傷病に係る初診日の前日において、当該初診日の属する月の前々月までに国民年金の被保険者期間があり、かつ、当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上であること、又は当該初診日の属する月の前々月までの1年間のうちに保険料納付済期間及び保険料免除期間以外の被保険者期間がないこと(以下、この②の要件を「保険料納付要件」という。)、を必要とするとされている ( 国民年金法第30条、第30条の2第1項ないし第3項及び国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号。以下「昭和60年改正法」という。)附則第20条第1項)。
2 初診日において厚生年金保険の被保険者であった者が、いわゆる事後重症による請求として障害厚生年金を受けるためには、① 障害認定日において、国年令別表に掲げる障害等級1級若しくは2級又は厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表第1に掲げる障害等級3級のいずれかに該当する程度の障害の状態になかったものが、同日以後65歳に達する日の前日までの間において、その傷病により障害等級1級、2級又は3級に該当する程度の障害の状態に該当することと、② 保険料納付要件を満たしていること、を必要とするとされている(厚生年金保険法第47条、第47条の2及び昭和60年改正法附則第64条第1項)。
3 本件の場合、保険者は、本件初診日は平成〇年〇月〇日であり、同日において請求人は厚生年金保険の被保険者であった者に該当しないとして障害給付を支給しない処分をし、請求人はこれに対して不服を申し立てているのであるから、本件の問題点は、まずは、本件初診日はいつかであり、次いで、前記1及び2の関係法令の規定に照らして、請求人が保険料納付要件を満たしていると認められるかどうかである。そして、保険料納付要件が満たされている場合、本件障害の状態が、国年令別表又は厚年令別表第1に定める程度に該当すると認められるかどうかである。
第4 事実の認定及び判断
1 本件資料によれば、以下の事実を認定することができる。
⑴ b病院・A医師(以下「A医師」という。)作成の平成〇年〇月〇日現症の診断書(平成〇年〇月〇日付。以下「本件診断書①」という。)から本件障害の状態について、次のような記載が認められる。
氏名:C 傷病名:多発性硬化症 傷病の発生年月日:平成○年○月頃本人の申立て(〇年〇月〇日) 初めて医師の診療を受けた日:平成〇年〇月〇日診療録で確認 傷病の原因又は誘因:初診年月日平成〇年〇月〇日 既存障害:記載なし 既往症:記載なし 傷病が治ったかどうか。:傷病が治っていない場合・・・症状のよくなる見込無 
診断書作成医療機関おける初診時(平成〇年〇月〇日)所見:両下肢の痙性麻痺。 現在までの治療の内容・経過等:ステロイドパルス療法を複数回施行。平成〇年〇月より、IVIgの治験を行っている。 
障害の状態(平成〇年〇月〇日現症) 
麻痺外観:弛緩性起因部位:脊髄性 種類及びその程度:知覚麻痺(異常) 運動麻痺反射 右:上肢++ 下肢++左:上肢++ 下肢++ 握力:右〇〇kg、左〇〇kg 
手(足)指関節の自動可動域:全て制限なし関節可動域及び運動筋力関節可動域:上下肢のすべての関節について記載なし関節運動能力肩関節:左右とも屈曲・内転・外転は正常、伸展はやや減肘関節:左右とも屈曲・伸展は正常手関節:左右とも背屈・掌屈は正常股関節:左右とも屈曲・伸展・内転・外転は著減膝関節:左右とも屈曲・伸展は著減足関節:左右とも背屈・底屈は著減 
日常生活動作の障害の程度(補助用具を使用しない状態)一人でうまくできる場合には・・・〇一人でできてもやや不自由な場合には・・・〇△一人でできるが非常に不自由な場合には・・・△× 一人で全くできない場合には・・・×つまむ(新聞紙が引き抜けない程度):左右とも〇握る(丸めた週刊誌が引き抜けない程度):左右とも〇タオルを絞る(水を切れる程度):両手〇ひもを結ぶ:両手〇さじで食事をする:左右とも〇顔を洗う(顔に手のひらをつける):左右とも〇用便の処置をする(ズボンの前のところに手をやる):左右とも〇用便の処置をする(尻のところに手をやる):左右とも〇上衣の着脱(かぶりシャツを着て脱ぐ):両手〇 上衣の着脱(ワイシャツを着てボタンをとめる):両手〇ズボンの着脱(どのような姿勢でもよい):両手△×靴下を履く(どのような姿勢でもよい):両手△×片足で立つ:左右とも×座る[正座・横すわり・あぐら・脚なげだし](このような姿勢を持続する):〇△深くおじぎ(最敬礼)をする:〇歩く(屋内):×歩く(屋外):×立ち上がる:支持があればできるが非常に不自由階段を登る:手すりがあればできるが非常に不自由階段を降りる:手すりがあればできるが非常に不自由 
平衡機能 閉眼での起立・立位保持の状態:不可能である。 開眼での直線の10m歩行の状態:転倒あるいは著しくよろめいて、歩行を中断せざるを得ない。 自覚症状・他覚所見及び検査所見:下肢の強い麻痺 補助用具使用状況:車椅子を常時(起床より就寝まで)使用常時使用しなければ生活困難 
その他の精神・身体の障害の状態:異常なし。会話状態:日常会話が誰が聞いても理解できる。
現症時の日常生活活動能力及び労働能力:歩行不能、移動に介助を要する。ごく軽作業で移動が不要であれば可 予後:改善の見込はない。
⑵ a病院・B医師(以下「B医師」という。)作成の受診状況等証明書(平成〇年〇月〇日付。以下「本件受診証明」という。)の必要部分を摘記すれば、次のとおりである。氏名:C 傷病名:頚部・腰部、両上下肢打撲、右膝内側々副靱帯損傷発病年月日:平成〇年〇月〇日 傷病の原因または誘因:交通事故発病から初診までの経過:受傷の翌日に当院を受診 初診年月日:平成〇年〇月〇日 終診年月日:平成〇年〇月〇日 終診時の転帰:中止初診より終診までの治療内容及び経過の概要:経過中に訴えのあった症状は頚部痛、腰痛、四肢の痛み、左上肢のしびれ感があり薬物療法、リハビリテーションを行った。上記の記載は、当時の診療録により記載したものです。
⑶ 請求人に係るa病院の診療録(以下「本件カルテ」という。)の記載によれば、平成〇年〇月〇日に左上肢にしびれ感があったが、両上肢の腱反射亢進は認められず、同月〇日に左上肢の腱反射亢進が認められ、平成〇年〇月〇日に上肢のしびれはなくなったとされている。
⑷ 請求人に係るa病院の画像診断所見(平成〇年〇月〇日付。以下「本件画像所見」という。)の記載によれば、MRI上、請求人の頸椎に明らかな異常はないとされている。
⑸ B医師作成の診断書(平成〇年〇月〇日付。以下「本件診断書②」という。)の必要部分を摘記すれば、次のとおりである。氏名:C 傷病名:腰部・頸部捻挫 両上下肢打撲 右膝内側側副靱帯損傷「C氏」左記の者は上記傷病にて平成〇年〇月〇日より平成〇年〇月〇日まで当院にて通院加療を行っていたが、現在「多発性硬化症」にて他院にて治療中でありその発症時期についての見解を求める要請があったので回答する。当院の診療録によれば「平成〇年〇月〇日に左上肢にしびれがある」、「左上肢腱反射亢進」との記載があり、また頸椎MRIにて脊髄圧迫所見を認めないことよりこの頃に多発性硬化症が発症した可能性があると推察する。以上回答する。
⑹ A医師作成の診断書(平成〇年〇月〇日付。以下「本件診断書③」という。)の必要部分を摘記すれば、次のとおりである。姓名:C 病名:多発性硬化症 付記:上記疾患を当院では平成〇年〇月よりフォローをしている。平成〇〇年のa病院カルテ上は交通事故後の通院中に深部腱反射の変化としびれの出現があったことが示されている。事故後の病状変化とは考え難く、この時期より多発性硬化症が発症していた可能性がある。
⑺ 請求人の厚生年金保険の被保険者期間は、平成〇年〇月〇日(資格取得)から平成〇年〇月〇日(資格喪失)までの〇か月、平成〇年〇月〇日(資格取得)から同年〇月〇日(資格喪失)までの〇か月の合計〇月である。また、請求人の国民年金の保険料免除期間は、平成〇年〇月から平成〇年〇月までの〇〇か月、平成〇年〇月から平成〇年〇月までの〇〇か月、平成〇年〇月から同年〇月までの〇か月、平成〇年〇月から平成〇年〇月までの〇〇か月の合計〇〇〇か月であり、請求人の国民年金の保険料納付済期間は存しない。
2 請求人は、概略次のように述べている。
ア 交通事故の翌日の平成〇年〇月〇日に、首から左肩、左腕、腰から左脚にかけてのしびれ、背中から腰、右膝に痛みを感じたため、自宅近くのa病院で診察を受けた。初診時の診断では、頚部、腰部捻挫、両上肢、両下肢打撲と診断された。その時に右膝のMRI撮影をし、靱帯に損傷が見られたため、右膝内側靱帯断裂、右膝内障と診断された。
イ 平成〇年〇月〇日に左上肢の腱反射の異常が認められた。平成〇年〇月〇日に左上肢のしびれ感や温感覚の異常を感じて医師に伝えた。平成〇年〇月〇日の診察にて、左上肢の腱反射の異常もあったが、このまま様子を見るとの医師判断であった。この左上肢の腱反射の異常の症状が交通事故の外傷に起因するかどうかを判断するには、脳の検査が必要であったが、a病院には脳外科がなく、この時には脳検査は行われなかった。
ウ 平成〇年〇月以降も、左上肢のしびれが続いていた。そして、a病院にて診察及び投薬、リハビリを続けていたが、平成〇年〇月に労働基準監督署から治療打切りの連絡があり、同月〇日に症状固定と診断され、治療を中止することとなった。
エ 労災が打切りとなったため、平成〇年〇月、自費にてc病院で診察を受けることにした。頸椎のMRI撮影、診察において、c病院でも、左上肢の腱反射の異常が確認された。ホフマン検査でも異常が認められ、原因として上位脊髄及び脳の損傷が考えられるので精密検査が必要との医師の指示であり、精密検査はa病院で行うよう指示された。a病院に精密検査を依頼したが、同病院医師は、「医学的に脳、腰を調べる理由が思い当たらない。」とのことであり、また、a病院には脳外科がないため、受入先の病院を探すことにした。受入先がなかなか見つからず、平成〇年〇月中旬に検査できる病院を〇〇に見つけるまでの期間は受診していない。この期間の自覚症状は、左上肢のしびれや、温感覚の異常が継続していた。風呂等で身体が温まるとしびれや脱力感が増す、仰向けで寝ていると両手足がしびれて目が覚める、寝起きに両手足が強くしびれる、疲労と共にひどい眠気に襲われる等の症状が続いていた。
オ 平成〇年〇月、受入先の病院が見つかり、d病院にて通院を開始した。左上肢のしびれや、温感覚の異常を医師に訴えると、「脳の影響ではなく、脊髄関係である。」との診断で、頸椎MRIと右膝のMRIを撮影した。脳の検査は、医師の判断により行われていない。その他、サーモグラフィーにて体温変化の異常、左上肢の腱反射の異常等が認められたが、経過観察を行うとのことであった。〇か月間の診察及び投薬、リハビリを続けていたが、平成〇年〇月〇日付で症状固定(治癒)と診断された。医師は、「首~左肩、左胸、腰~左脚にかけてのしびれ、背中~腰、右膝の痛みや上肢の体温変化については、原因が解らないが、後遺症として残るだろう。」との診断であった。
カ 平成〇年〇月〇日付で症状固定(治癒)と診断されたため、治療を中断していたが、首から左肩、左胸、腰から左脚にかけてのしびれ、背中から腰、右膝に痛みは継続していた。d病院の医師から後遺症として残る症状であると言われていたので、しばらく様子を見ていたが、いっこうに治まる気配がなく、病状はむしろ悪化していく一方であった。平成〇年〇月ころには、日常生活に支障を来すほどの激しい痛みが四六時中続くようになり、同年○月には、激痛に身の危険を感じたため、d病院を受診した。この時の診察の際に、頸椎・胸椎・腰椎のMRIを撮影したが、原因が分からないとのことで、神経内科の領域との医師の判断で、b病院神経内科に紹介状を書いていただき、b病院に転院することになった。そして、平成〇年〇月〇日、b病院を受診した結果、「多発性硬化症」との診断であった。
3 審理期日において保険者の代理人は、本件受診証明によれば、初診日は「平成〇年〇月〇日」とされているが、傷病名は「頚部、腰部、両上下肢打撲、右膝内側々副靱帯損傷」とされ、傷病の原因または誘因は「交通事故」とされており、また、初診より終診までの治療内容及び経過の概要として「左上肢のしびれ感があり」とあるが、本件カルテによれば、平成〇年〇月〇日には「左上肢のしびれ感」とあるものの、1か月後の平成〇年〇月〇日には「上肢しびれ〇-」と記載されていることから、前記「左上肢のしびれ」は、明らかに「多発性硬化症」による前駆症状であるとすることは困難であり、交通事故によるものとも考えられるから、「平成〇年〇月〇日」又は「平成〇年〇月」を本件初診日と認めることはできない、そして、本件診断書①により、本件初診日は「平成〇年〇月〇日」であると判断した旨陳述した。
4 以上に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
⑴ 本件初診日及び保険料納付要件について検討する。初診日が障害給付における受給権発生の基準日とされている趣旨からいって、初診日に関する証明書類は、直接これに関与した医師又は歯科医師が作成したもの、又はこれに準ずるような証明力の高い資料でなければならないと解される。
そして、多発性硬化症とは、中枢神経(脳・脊髄)と視神経に脱髄という病変ができる疾患であり、脱髄という病変ができるとその部分の神経が障害され、その部位に起因する症状を来すことが医学上の知見として広く知られている。この脱髄病変は、様々な部位に起こり、再発を繰り返すのが特徴とされ、多発性硬化症であるとの確定診断をするには、時間的多発(2回以上の再発)及び空間的多発(2か所以上の病変)の証明が一般的に必要とされている。
以上の観点から本件を見るに、請求人について、本件カルテ上、平成○年○月○日に左上肢のしびれが、同月〇日に左上肢の腱反射亢進がそれぞれ認められ、本件画像所見上は頸椎に明らかな異常はなく、本件診断書②においてB医師が、本件診断書③においてA医師が当該しびれ及び腱反射亢進を当該傷病の初期症状若しくは前駆症状であった可能性がある旨を述べ、請求人はこれに依拠して本件初診日を平成〇年〇月ころから同年〇月ころと主張するのに対し、保険者は、本件カルテ上、前記の左上肢のしびれは平成〇年〇月〇日に消失しており、交通事故に起因するしびれとも考えられるとして、当該しびれを当該傷病の前駆症状とは認められないとしているところ、確かにしびれや腱反射亢進が当該傷病の初期症状若しくは前駆症状であった可能性を全く否定するものではないが、平成〇年〇月〇日に交通事故に遭い、頚部、腰部及び両上下肢の打撲と、右膝内側々副靱帯損傷を負った請求人が、その直後に左上肢のしびれと腱反射亢進を訴えており、こうした交通事故による傷害を負った場合、しびれや腱反射亢進の症状が随伴して現れることが珍しくないことも併せれば、交通事故によってしびれ及び腱反射亢進の症状が出現した可能性も十分にあり得るというべきであって、それを否定できるだけのものを本件資料上見いだすことはできない。そして、請求人は、b病院において多発性硬化症と確定診断されるまでの間も、首から左肩、左胸、腰から左脚にかけてのしびれ、背中から腰、右膝の痛み、温感覚の異常などが継続していた旨主張しているところ、それを裏付ける具体的資料の提出はないから、この主張をそのまま採用することはできず、本件手続の全趣旨も総合すれば、本件初診日は、請求人が当該傷病を確定診断されたb病院を初めて受診した平成〇年〇月〇日であるとみるのが相当である。
そうすると、本件初診日において、請求人は厚生年金保険の被保険者ではないが、国民年金の被保険者であり、本件初診日の前日(平成〇年〇月〇日)において、本件初診日の属する月の前々月までの1年間のうちに保険料納付済期間及び保険料免除期間以外の被保険者期間はないから、請求人は、当該傷病による障害について障害基礎年金を受けるために必要とされる保険料納付要件を満たしている。
⑵ 次に、本件障害の状態を検討し、判断する。
ア 請求人の当該傷病は、肢体の機能の障害によるところ、障害等級1級が支給される障害の程度としては、国年令別表に「両上肢の機能に著しい障害を有するもの」(3号)、「両下肢の機能に著しい障害を有するもの」(6号)、「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」(9号)がそれぞれ掲げられ、障害等級2級が支給される障害の程度としては、国年令別表に「一上肢の機能に著しい障害を有するもの」(8号)、「一下肢の機能に著しい障害を有するもの」(12号)、「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする症状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」(15号)がそれぞれ掲げられている。
そして、国民年金法上の障害の程度を認定するためのより具体的な基準として、社会保険庁により発出され、同庁の廃止後は厚生労働省の発出したものとみなされて、引き続き効力を有するとされている「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)が定められているが、給付の公平を期するための尺度として、当審査会もこの認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。
認定基準の第3第1章第7節(以下「本節」という。)/肢体の障害「第4肢体の機能の障害」によれば、肢体の機能の障害は、原則として、本節「第1 上肢の障害」、「第2 下肢の障害」及び「第3 体幹・脊柱の機能の障害」に示した認定要領に基づいて認定を行うが、脳卒中等の脳の器質障害、脊髄損傷等の脊髄の器質障害、多発性関節リウマチ、進行性筋ジストロフィー等の多発性障害の場合には、関節個々の機能による認定によらず、関節可動域、筋力、日常生活動作等の身体機能を総合的に認定するとされ、肢体の機能の障害の程度は、運動可動域のみでなく、筋力、運動の巧緻性、速度、耐久性及び日常生活動作の状態から総合的に認定を行うが、1級及び2級に相当すると認められるものを一部例示すると、次のとおりである。
障害の程度 障害の状態
1級 1 一上肢及び一下肢の用を全く廃したもの
    2 四肢の機能に相当程度の障害を残すもの
2級 1 両上肢の機能に相当程度の障害を残すもの
    2 両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの
    3 一上肢及び一下肢の機能に相当程度の障害を残すもの
    4 四肢の機能に障害を残すもの
身体機能の障害の程度と日常生活動作の障害との関係を参考として示すとして、「用を全く廃したもの」とは、日常生活動作のすべてが「一人で全くできない場合」又はこれに近い状態をいうとされ、「機能に相当程度の障害を残すもの」とは、日常生活動作の多くが「一人で全くできない場合」又は日常生活動作のほとんどが「一人でできるが非常に不自由な場合」をいうとされている。
イ そこで、請求人の本件障害の状態についてみると、1の⑴で認定したとおり、下肢の関節運動筋力では、左右の股関節、膝関節、足関節で著減と認められ、下肢の日常生活動作では、片足で立つ(左右)、歩く(屋内、屋外)は一人では全くできない、立ち上がる、階段を登る(降りる)は一人でできるが非常に不自由であり、車椅子を常時使用し、それがなければ生活困難であり、閉眼での起立・立位保持の状態は不可能であり、開眼での直線10m歩行の状態は転倒あるいは著しくよろめいて、歩行を中断せざるを得ないとされている。現症時の日常生活活動能力及び労働能力は、「歩行不能、移動に介助を要する。ごく軽作業で移動が不要であれば可」とされ、予後は「改善の見込はない。」とされている。
ウ そうすると、本件障害の状態の程度は、上記認定基準に照らして、下肢筋力低下及び日常生活動作の程度等を総合的に判断すると、2級の例示「両下肢の機能に相当程度の障害を残す程度のもの」に該当するが、1級の例示には該当しないと認められる。
⑶ 以上から、請求人の本件障害の状態は、国年令別表の2級に掲げる程度に該当すると認められるので、請求人には平成〇年〇月〇日をその受給権発生日とする障害基礎年金が支給されるべきであり、これと趣旨を異にする原処分は妥当でなく、取り消されなければならない。
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。

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